粋を楽しむ。

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東京二八そば探訪【其の三十二】
のどかな住宅街で愛される ひだまりのように心温まるお蕎麦屋さん

【調布市 菊野台】そば処 田ぶち
k.j

 京王線の各駅停車しか停まらない「柴崎駅」を降り、のんびりぶらぶら歩いて8分くらい。無人野菜販売の小屋を覗いたりしてから、「そば処 田ぶち」さんに到着。住宅街の静かな立地です。前が駐車場のため、降り注ぐ太陽を遮るものがなく、ぽかぽかの日差しに包まれた入り口。「温室みたい」と思ったら、案の定、入ってすぐのところに観葉植物やお花が並べられて、見るからに暖かそうで、ここなら植物は幸せだな、と思いました。

 すぐ見渡せる四角い店内。ちょっと古民家風な造りにほっとします。左側に小上がりが8席、テーブルは4人掛けが3つと、8席の大きなテーブル1つ。どの席も居心地が良さそうな明るいお店です。私のすぐ後に、杖をついたおじいさんが来店。たぶん、常連さん。迷いなく「いつもの」席に着いて、すぐ「カツ丼セット」を注文。お元気でなによりです。

 私は何にしようかなとメニューを眺め、「つけ汁おそば」の欄に「ごぼう天もりそば」とあるのに気づくのは早かった。ごぼう天、大好きなので、これにします。

 創業は、1963年(昭和38年)。現在の店主、田中貞雄さんのお父さんが始められました。もともとはこの地で農業をしていて、畑や、武蔵野地域では珍しい田んぼもやっており、牛も2、3頭飼っていたそうです。高度成長時代になって、周囲に住宅が増えてきて、お父さんは農家をやめて、お蕎麦屋さんになります。農家時代の、「田んぼの淵にある家」という意味の呼び方、「田ぶち」を、店の屋号にしました。

 優しい表情の田中さん。中学生くらいから、店の跡を継ぐんだろうなと思っていたそうで、「珍しいのかもしれないけど、よその店に修行に行ったこともないし、ここでずっと、働いてきました」と、静かに話してくれました。今、三代目の息子さんが頑張ってくれていて、その息子さんはよそのお店で修行もし、新しいやり方を勉強して、お蕎麦を手打ちの二八にしたのも息子さん。息子さんの仕事をとても信頼している様子が、田中さんの口ぶりから感じられました。蕎麦粉は、北海道、福井、常陸の3種類をメインにするようになり、「蕎麦粉が違うだけでだいぶ違いますからね」と。つゆはまだ自分が作るけれど、蕎麦打ちは息子さんに任せているとのことでした。

 さて、私の「ごぼう天もりそば」が来ました。「お蕎麦屋さんの通常メニューにごぼう天があるのって、珍しいですよね?」と、お聞きすると、「そうですか?」と微笑んで、「でもおいしいもんね」。「忙しい時はちょっとお時間をいただいてしまうけど」。というのも、注文を受けてからごぼうを切る、と。「だって、切って置いておいたら、ごぼうの香りがどんどんなくなってしまうでしょう?」。確かにそうです。口に入れたとたんに、ごぼうの良い香りが広がりました。千切りというより拍子木切りに近いごぼうが、かなり厚くまとめられて、中までじっくり揚げられている、おいしいごぼう天でした。蕎麦つゆとは別に、たっぷりの天つゆがつくけれど、まずはそれもつけずに、そのまま食べてごぼうの味わいを楽しみました。ごぼう天の他に、なす、ズッキーニ、レンコン、舞茸、かぼちゃの天ぷらもついて、みんな熱々さっくりでした。蕎麦は、せいろ二段にたっぷり。もっちりして食感、喉越し共に良く、さっぱりしてるのに旨味の濃いつゆによく合います。

 小上がりの壁に、東海道五十三次の額絵がずらっとかけられていました。この近くに宿場町があったりしたかしら? と考えながら、「東海道五十三次、お好きですか?」と聞くと、「いや、ただ、何か飾ってあった方がいいかなと思って」。新聞を購読すると定期的にもらえたこの額絵シリーズ、うちにもあったよ! と懐かしく思う人も多いのではないでしょうか。こういうものや、入り口付近のたくさんの観葉植物やお花、植物が染められた暖簾など、とても家庭的な温もりが感じられるお店です。仲の良い友達か親戚の家を訪ねてきたような雰囲気で、居心地がいいです。

 他のオリジナルメニュー、「黒豆納豆冷しなっとう蕎麦」「キャベツと豚肉つけそば」「ピリ辛牛すじカレーうどん」にも、そそられました。次は絶対アレにしよう、と考えるのも楽しい。最後に、「お蕎麦屋さんは、営業時間は短いけど、それ以外の時間にやることがいっぱいあるから、大変な仕事だよね」と、しみじみ話され、本当にそうだなと思いました。ひとつひとつの仕事を毎日コツコツていねいにやって、おいしいお蕎麦を提供してくれるお蕎麦屋さん、改めて、ありがとうございます。ずっとお元気でいてください。

そば処 田ぶち
調布市菊野台2-51-5 042-482-4591
定休日・木曜日