粋を楽しむ。
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東京二八そば探訪【其の二十六】
大学生で跡を継ぎ、学び続ける三代目。まだまだ進化を目指します。
【北区 上十条】まつ屋
k.j
埼京線「十条駅」南口を出てすぐ。考える間もなく、すぐ。踏切から二軒目です。入り口はちょっと「隠れ家ふう」で、モダン。中から出てきた男女おふたりの女性が、「ここ、おいしいわ~」と嬉しそうに言い、男性も「うん。おいしかったね」と言っていて、楽しみ! と期待が膨らみます。
店内は、意外に奥まであって広く、大きめのテーブルもゆったりした配置。奥にはしっぽりと落ち着けそうな小上がりもあります。右手のガラス窓の向こうに、信楽焼のたぬきが見守る小さな庭スペースがあって、外の喧騒からワンクッション置く形になり、くつろげる雰囲気も演出しています。
ランチタイムもそろそろ終わる時間帯なのに、玉子焼きとビールで楽しくおしゃべりする男女3人、職場の同僚風の男性2人、おひとりさまが4人と、なかなかの賑わいです。
メニューは定番から季節ものまで豊富。丼物とのランチセットも、「ゆばあんかけ丼」とか「しらすおろし丼(夏季のみ)」とか、好みのメニューに猛烈にそそられました。でも、「揚げ茄子ぶっかけ」が気になる、とぽつり呟くと、「はい、揚げ茄子ぶっかけ、おいしいですよ」と、笑顔で背中を押され、心は決まりました。今日は、揚げ茄子ぶっかけにします。
創業は1952年(昭和27年)。現在の店主、渡辺智博さんのおじいさんが始めました。「おじいさんがどうして蕎麦屋をすることになったのかは、よくわからないんです」。でも、おじいさんの兄弟、その息子たちも、多くが蕎麦屋さんやトンカツ屋さんだそうで、飲食店一族です。もちろん、智博さんのお父さんもおじいさんの跡を継いで店を営んでいたのですが、智博さんが大学4年生の時にお父さんが倒れてしまいます。「大学の単位はもう取れてたんですが、大学生活の最後の半年は、店で働きながら大学へも行くということになりました」。サラッと話されましたが、大変だったことと思います。
「それまで、ちょっと店を手伝うくらいで、蕎麦屋のことは何もわからない状態でした。大学を卒業したら、どこか別の蕎麦屋で修行しようと思っていたので」
大学生兼店主として、とにかく無我夢中で働きながら、「いずれこういう店にしたい」というビジョンを温めていました。「それまでは普通の蕎麦屋だったんです。出前と店が半々くらいで。それをやっぱり、出前をやめて店主体にしたかった。お酒を出して、お酒に合うつまみを出し、そうやって楽しんでから、最後においしい蕎麦で〆てもらうような店に」。若くしてお店を継ぎ、自分が目指すお店の形のために努力する智博さんには、その真面目さを見込んで、無償で技術を教えにきてくれる先輩蕎麦屋さんもいたとか。 お人柄だな、と思います。
出前用のお蕎麦は二八蕎麦では難しい。伸びてしまうから。出前のためには、蕎麦粉を少なくして、伸びにくいお蕎麦にするしかありません。でも、理想の蕎麦を目指し、蕎麦粉の割合を少しずつ多くして、出前中心の店からの脱却を図りながら、店を継いで3年ほどたった時、店舗を改装し、全て新しくすることに。それが20年ほど前。改装中の4ヶ月間は、別の店へ修行にも行ったそう。「蕎麦一筋のタイプのお店と、お酒と料理に力を入れるお店の2軒。それぞれたった2ヶ月ずつだけでしたけど、学ぶことはたくさんありました」
というところで、私が頼んだ「揚げ茄子ぶっかけ」が、きました。思い描いていた通りの姿です。洒落たお皿に、細めの二八蕎麦がこんもり。縦に二つ割りして素揚げした茄子と、大根おろし、花かつお、ねぎ。シンプルな、間違いないスタイル。つゆを適量かけて、ずずっ、といただきます。おいしい。蕎麦の香りと揚げ茄子の香ばしさの相性の良さ。さらに、薬味のネギをトッピングし、わさびを少しずつ溶きながら、さりげなく味変していくのも楽しい。
親しみやすい土地柄に合わせて、価格もとてもリーズナブル。しかも、普通盛りでも私は十分満足しましたが、ランチのお蕎麦の大盛りが無料なんて、太っ腹すぎます。「自分が、蕎麦をたくさん食べたい方なので、サービスです」と笑う智博さん。おいしいお蕎麦が気軽に、しかもくつろげる雰囲気で食べられるお店です。「蕎麦、いっぱい食べてもらいたいですね。味も見た目ももっと勉強して、これからもやっていくつもりです」