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東京二八そば探訪【其の二十三】
人との出会いに恵まれ親子二代 こだわり食材で人気を集めるお店

【大田区 蒲田】寿美吉
k.j

 「京急蒲田駅」から、ショッピングアーケード「京急あすと蒲田」を抜け、道路を渡ってすぐの路地。駅から徒歩3分内の繁華街ながら、路地なので店の前は静かという好立地にある「寿美吉」さん。店頭に「蕎麦酒肴」と掲げ、蕎麦はもちろん、お酒と肴にも力を入れるお蕎麦屋さんです。

 二階に上がると、「いらっしゃい!」と、元気な声に迎えられました。一代目店主の吉田康信さん。蕎麦打ちや厨房の仕事は、二代目である息子の大祐さんに任せていますが、気さくでお話好きの康信さんは、お客さんとのコミュニケーションに関してはまだまだ第一線です。大祐さんがお店の頭脳、女将さんがお金のやりくり担当で、「俺はただ働くだけ!」と、笑います。常連のお客さんのテーブルにお蕎麦を運びながら、「えっ、もうひ孫が3人? すごいね、いいなあ」と、明るい声が聞こえます。

 康信さんがお店を始めたのは40年前。「パンが好きだからパン屋になりたかったんだけど、職安に行ったら、蕎麦屋の方がいいですよって言われて」。粉ものって意味では似てますよね? という私の返しはあっさりスルーされ、「それで神田で修行してから、ここを買って」。10年ほど前に、長く勤めていた従業員の方が病気で働けなくなり、当時、別の蕎麦屋で修行中だった息子の大祐さんを呼び戻しました。

 大祐さんは、もともとはお店を継ぐ気持ちが強かったわけではないそうで、「特にこれがやりたい! というものもなかったので、調理師学校に行って、卒業してからは父が勧める蕎麦屋で働いていました」。しかし、「与えられた仕事はしっかりやるけど、流れに身をまかせていたという感じだった」という働き方から、自分が主となる店で働き始めたことで、お店を進化させる潜在能力をメキメキ発揮していくのです。

 始まりは日本酒。「酒についてはほとんど何も知りませんでした。でもやっぱりこれからの蕎麦屋は酒や料理にもこだわらないといけないと思って、地元の地酒専門店から日本酒を買ってきて毎日飲み比べて、少しずつ味の違いがわかってきたところで、その店で教えてもらった蔵元さんを訪ねるようになりました」

 そうして出会ったのが和歌山県海南市の平和酒造さん。紀州の風土を表す「紀土(KID)」というお酒を知り、蔵元さんの思いをじっくり聞いた上で、気に入って、店で出すようになります。すると今度は、仲良くなったその平和酒造の社長さんから、「魚の目利きも、できるんじゃない?」と、静岡県焼津の「サスエ前田鮮魚店」を紹介され、焼津へ向かいます。ここは、日本全国はもとより、海外からも注目される有名鮮魚店。それまでは、都内の市場で買っていた魚を、焼津から取り寄せるようになり、お刺身がお店の看板メニューに。「送料がかかるし、シケで入らないこともあったりするけど、とにかくクオリティが高くておいしい魚。それはお客さんにもわかるんです」

 人との出会いをきっかけに、現場まで出向いて話を聞き、勉強し、お酒や食材を選んできた大祐さん。「鴨肉が好きじゃないというお客さんがいて、でもあそこのなら食べられると教えてくれた肉屋さんが横浜だったので行ってみたら、なるほどと思って、鴨肉はそこから仕入れるようになったり」。エネルギッシュに出会いを広げていくうちに、「自分は、人が好き、人と関わることが好きだな、ということにも気づきました」と言う大祐さん。

 さて、お蕎麦を食べなくては。これもまた出会いのひとつ、大祐さんが鹿児島で食べた黒豚入りの蕎麦がおいしくてたどりついた、『黒宝豚』を使った「黒宝豚つけそば」をいただきます。

 蕎麦へのこだわりはもちろん基本。農家から直接仕入れた蕎麦を一日二回、地下にある打ち場で挽き、打っています。繊細な細めの蕎麦。香り良し。熱々のつけ汁に浸して、するりと口に運ぶと、つゆの旨味と黒宝豚の脂身の甘さが蕎麦にからんで、おいしい。小皿に添えられた柚子胡椒を汁に溶かし入れると、ピリリと爽やかな刺激が加わって、また一層おいしくなります。

 お店をもっと進化させるために、まだまだ色々考えている大祐さん。「これからもきちんと料理に向き合っていきたいし、お客さんともっと話せるようなやり方をしたいですね。あの人と会いたいと思ってもらえるような店にしていきたいです」。今度来るときは、日本酒KIDとともに、注文を受けてから蕎麦粉を挽いて作る「香りが良く、お腹にたまらず、つまみになる」という自慢の「そばがき」を、ぜひいただこうと思いました。

寿美吉
大田区蒲田5-28-12 03-3736-3702
定休日・日曜日