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東京二八そば探訪【其の二十二】
花咲く天神さまに見守られ、 土地に根付いた40年の蕎麦の味

【江東区 亀戸】越前
k.j

 亀戸駅を出て、亀戸天神に向かう蔵前橋通りの左側にある「越前」さん。入り口を入ると、右に二階へ上がる階段があります。一階の店内は鰻の寝床式に奥が長く、縦列のテーブル配置。私が座ったテーブルの奥に座った男性が、座るやいなや、メニューも見ず「とろろ丼セット!」と注文していて、つられて私も「とろろ丼セット!」にしました。無意識の連鎖反応です。

 注文してから、おもむろにメニューを見ると、手書きの文字がすごくいい感じ。読みやすく、「おいしそう」な字です。蕎麦屋さんメニューの理想的な字。お聞きすると、女将さんが書いているとのこと。パソコンで作ったメニューにしたこともあったそうですが、常連客から一斉に「女将さんの手書き文字に戻して」と、言われたとか。店主の渡辺友平さんは、「一人に言われるならまだしも、何人ものお客さんから、手書きの方が良かったと言われたので、戻すしかありませんでした」と、苦笑します。

 店名からもわかるように、渡辺さんの故郷は福井県。福井で蕎麦といえば、大根おろしと鰹節とネギをかけた「越前おろし蕎麦」で、お蕎麦はもともと好きでしたが、40歳くらいまでサラリーマンをしていて、脱サラでお店を始めました。「会社に特に不満はなかったのですが、人に使われるのが性に合わない、というのが、あったかもしれません」と渡辺さん。茨城県の知人のお蕎麦屋さんを訪ねたときに、蕎麦屋をやってみたい、と思ったそうです。それから2年間、東京からそのお店に通って修行をし、店舗に良い物件を探し、この場所を見つけました。「亀戸に馴染みがあったわけじゃないですが、天神さまがあるから蕎麦屋をやるにはいいんじゃないかと不動産屋さんに勧められて、決めました。確かに、天神さまにはずっと助けられています。天神さまのおこぼれを頂いているという感じですね」

 菅原道真公を奉祀し「亀戸の天神さま」と親しまれる亀戸天神は、2月の梅まつり、4月の藤まつり、10月の菊まつりと、季節ごとに見事に咲き誇る花を楽しめ、一年中多くの人が訪れます。その行き帰りに食べたいのは、やっぱりお蕎麦です。

 「とろろ丼セット」が来ました。近くの会社の方など、しっかりランチを食べたい方に人気のセットメニュー。せいろの他に、ごはんたっぷり、とろろたっぷり。とろろには生たまごものって、お漬物とサラダもつく。これは満足感が高いセットです。お蕎麦は、今は、常陸秋そばと群馬の蕎麦粉を使っていて、秋が深まったら北海道産になるなど、その時々に一番おいしい蕎麦粉をセレクトして使っています。ふわりと蕎麦の優しい香りを感じながら、おいしくいただきました。

 お蕎麦の打ち場は地下。店を作るときに、「打ち場は地下にしよう」と決めたとのこと。「地下を作るのはお金もかかるので悩みましたけど、これは正解でした」と言う渡辺さん。「年間を通して室温が安定して、光が入らないから、地下は蕎麦の打ち場として最適です。(つゆに使う)かえしも、ここで熟成させることで、変質せず、とてもおいしくなる」。確かに、お蕎麦はもちろん、つゆが、まろやかな旨味がありながらキリッとして、とてもおいしいと思いました。

 冬場は「うどん」も人気があり、これも、地下で打つからこそ、生地を3日ほど寝かせることができる自慢のうどんです。寝かせることで、滑らかな食感になるそうです。季節メニューの「鍋焼きうどん」は大人気で、秋の気配が濃くなると、「そろそろやらないの?」と聞いてくるお客さんも多いとか。

 年齢はあえて書きませんが、渡辺さん、お聞きした実年齢と私が予想した年齢との間に大きな開きがありました。実年齢よりずっと若々しい。無駄な贅肉がない体はシュッとして背筋が伸びていて、びっくりするほどお若いのです。近くの公園を毎日歩き、タバコはやらず、お酒は適量を嗜む。お蕎麦の効果もあるのかも。「蕎麦屋は体がしぼんだらおしまいですから」と、つやつやした顔をほころばせて話す姿を見て、仕事をしっかりやるための自己管理についても学ばせていただきました。

越前
江東区亀戸2-8-11 03-3682-9355
定休日・月曜日