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東京二八そば探訪【其の十九】
初代のつゆで二代目の蕎麦を手繰る。 下町で愛される家族の味。

【葛飾区 柴又】小松庵
k.j

 旅立つ寅さんの哀愁をひときわ感じる薄曇りの日、柴又駅から歩いて「小松庵」さんを訪れました。京成電鉄金町線「柴又駅」からも、JR「金町駅」からも歩いて10分ほどのところにあります。公道に面して打ち場があり、通りすがりにお蕎麦を打つ姿が見られます。これは楽しい。「でも、蕎麦を打つのは朝早いから、そんなに道ゆく人は見てないんじゃないかな」と、二代目店主の柳沢政博さん。初代であるお父さんから引き継いで、お蕎麦を手打ちの二八にしたのは政博さんです。「このあたりはお蕎麦屋さんが多かったので、他のお店との差別化をはかりたいというのもあって、20年くらい前に、手打ちのお店に修行に行き、技術を身につけて、二八で打つようになりました」。出前もやっているので、すべてではありませんが(茹でたてを食べるのが基本の二八蕎麦は、基本的には出前には向きません)、店内で食べるメニューに関しては、すべて二八蕎麦を選ぶことができます。

 メニューを見ると、「もぐらそば」という見慣れないメニューがありました。「辛味大根蕎麦のことです」と政博さん。大好きな辛味大根蕎麦! 迷わずそれを注文し、この面白い名前の由来をお聞きすると、王子の越後屋さんの前のご主人が考案した名前だそうで、理由はいろいろあって説明が難しいですけど、と笑いつつ、「大根は土にもぐっている野菜だからというのと、当時ちょうど地下鉄南北線が開通したということ、あと、たぬきやきつねはあるから、もぐらはどうか、ってことで」。界隈で慕われていた越後屋ご主人の洒脱さも思いだされる素敵なネーミングです。

 初代のお父さんが創業したのが1976年で、その後、改装は一度きりと言いますが、店内は明るく清潔感があり、故郷だという長野と新潟にまたがる秋山郷の美しい紅葉の風景画や、蕎麦畑の絵などが飾られていて、家庭的なあったかい雰囲気。お客さんも近所の常連さんが多く、笑い声とともに気の置けない軽快なやりとりが聞こえます。

 「もぐらそば」が、きました。お皿の二八蕎麦は太すぎず細すぎず、独特の蕎麦の色、香りもあり、上にたっぷりの海苔と花かつおが嬉しい。辛味大根はこんもり別盛り。つゆは濃そうに見えましたが、甘みとコクがあり、辛味大根とネギを入れて、お蕎麦にたっぷりつけていただくのにちょうどよい味。そして、辛味大根が入ったつゆに蕎麦湯を入れて飲むのが、ほ ん と う に 、 お い し い !

 お父さんから引き継いで、お蕎麦を手打ちの二八に変えた政博さんですが、つゆだけは、初代が仕上げた味を変えずにいます。「つゆはやっぱり、慣れ親しんだ味がいいものですよね。ちょっとでも変えると、お客さんにわかってしまうんです」と。時代に合わせて変えていく部分と変えない部分。ニーズと理想のバランスを見極めながら、地元の皆さんに愛されているお店です。

 メニューの多さにも驚きました。ごはんものとのセットが多いのは、「このあたりは定食屋さんが少ないので、ランチにごはんも食べたいというお客さんが多いので」。天丼やかつ丼やカレーは、他のお蕎麦屋さんでも定番ですが、カキフライ御飯とかハンバーグ御飯、サバ味噌煮御飯もあります。驚きはこれにとどまらず、こちらは「うどん」も人気なのですが、「おじやうどん」という衝撃メニューが。おじやにうどん? 炭水化物がタッグを組んだ? 「これ、女性にもすごく人気があって、寒くなると絶対にこれがいいという方が多いメニューです」と。文字通り、おじやにうどんが入っているそうですが、「鴨おじやうどん」などという名を見ていたら、すごく食べたくなってきました。冬に、ぜひ試したい。

 オリジナリティあふれる豊富なメニューで、毎日食べに来ても飽きずに、おなかいっぱい食べられ、もちろん手打ちの二八蕎麦は本格派で蕎麦の味をじっくりと味わえる。近所にあったら嬉しいお店です。ただ、長く働いている初代のお父さんと女将さんの負担を減らす意味でも、「そろそろメニューは少し減らしたいかな」とも。家族でずっと長く続けて行きたいからこそ、続けられるやり方を模索しているとのこと。昨日も来ていたらしい常連のお客さんが、「やっぱりまた食べたくなって来ちゃった」と笑い、「ありがとうございます」と満面の笑顔で返す政博さんを見て、お客さんの笑い声が響くこのお店が、ずっと続くようにと祈らずにはいられませんでした。

小松庵
葛飾区柴又3-3-1103-3600-3244
定休日・水曜日