粋を楽しむ。
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「食べに来てくれたお客さんに、少しでも感謝を伝えたい」
お客さまに対する、店主の思いやりがうれしいそば
[大森]そば処まるやま
東京都大田区大森西4-17-21
営業時間:11:00~15:00/17:00~20:00
定休日:日曜日
東邦大学医療センター大森病院・東邦大学医学部の目の前にある「そば処 まるやま」さんは、昭和53年の創業以来、長くこの街で愛されてきたおそば屋さん。当時は周辺に町工場や大きな会社も多かったそうですが、今は大学の施設が街の中心になっています。今回は初代の店主、丸山紀幸さんにお話を伺いました。
サラリーマンを辞めてそば屋に転身
── こちらのお店は創業何年になりますか?
丸山氏(以下敬称略):開業が昭和53年の5月ですから、もう43年になりますね。
──そば屋さんを開業するきっかけというのは何だったんでしょう?
丸山:僕は脱サラだったんです。元々は楽器の営業の仕事をやってたんですよね。当時よくそば屋に通っていたんですが、そこの大将に、私の実家の話をしたんですよ。まわりに町工場や会社が多くて、大きな病院があるって。そしたらそれは絶対需要がある、商売が成功する、と言ってくれたんです。
──マーケット目線で見て開業されたんですね!お店の土地は最初からお持ちだったんですか?
丸山:はい、ここが実家で、両親が住んでいました。当時この周りには6軒のそば屋さんがあったんですよ。その6軒がみんな営業しているということは、需要はある、と見たんですね。
──そば屋さんになる、と決めてから、どこかで修行されましたか?
丸山:目黒で2年、世田谷で8年、合計で10年くらい修行して、33歳で独立しました。その間は結婚したり子どもが生まれたりで、すぐ独立できるという状態じゃなかったんでね。世田谷の方では店長としてお店を切り盛りして、従業員も10人くらいいたので、そこでノウハウを学びました。
時代と共に、出すおそばも変わった
丸山:ここで独立した頃は、お客さんは町工場が中心だったんですよ。そうなるとクオリティを上げるっていうより、そばを早く確実に届ける、ってことが重要なんですね。だから今みたいに二八だとかとても言ってられなくて、せいぜい同割でした。
──それはもう、味わって食べるというより素早くズズッとたぐりたい、という需要だったんでしょうね。
丸山:そうですね。当時は7:3ぐらいの割合で出前の方が多かったんですよ。お店には夜、町工場のだんなさん方が飲みに来るくらいで、病院にお見舞いにくるお客さんなんて、あんまり来なかったよね。
──そんなに出前が多かったんですか。
丸山:それはもう。当時、うちには従業員が9名いたんですが、出前のそばをのせるお盆もなくなっちゃうくらいでね。
──先ほど同割とおっしゃっていたのは、出前が多かったせいもありますか?
丸山:そうそう、それもあるし。当時は、そんなにそば粉が多くなくてもお客さんが満足してくれたんですよ。そうですね…昭和63年くらいまではその状態がつづきました。それがリーマンショック以降、町工場がみんな衰退しちゃってね。大きい会社もどんどんいなくなって。
──街が様変わりしたんですね。
丸山:そうです、工場がなくなった跡地をどんどん東邦大が買い取って、道路も拡張されましたしね。
──今も、出前はやってらっしゃいますか?
丸山:はい、今は出前とお店が五分五分くらいになりましたが、お昼はほとんど東邦大の病院関連ですね。夜の当直とかね。
──先ほど、昔は同割だったとおっしゃってましたが、今はどれくらいの割合なんでしょう?
丸山:今は原則、どうしても出前が多いので、七三です。その代わり、そば粉自体が、昔使っていたものとは比べ物にならないくらいグレードが上がってます。何十年も前と同じやり方じゃお客さんが減っていくだけなんでね、息子を同じ大森の愛知家さんに修行に出して、少しグレードをあげようってことになったんですね。
──そば粉は国内産ですか?
丸山:主に北海道産ですね。江丹別、旭川の粉が多いですね。昔と比べて、味や香りが格段によくなりました。
──季節によってそば粉の割合を変えたりされますか?
丸山:打つ粉の種類は変えてます。たとえば常陸地方、茨城あたりでは、春先から新そばが出るんですよね。
──秋じゃなくて、春の新そばがあるんですか。品種にもよるんでしょうか?
丸山:そうなんです。だから夏が近づいて、ちょうどそば粉が劣化してきた頃に、そういうのを混ぜて使ったりね。北海道から取り寄せているものも、「雪室」といって、雪の中で保存したそばの実を使ったりしています。その方が冷蔵庫で保存したものより、湿度や温度がちょうどいい状態に保たれて、おいしいそば粉ができるわけです。乾燥を防げるから、ねっとりしてるんだよね。そういうのを夏場に使ったりして、工夫してます。
──そばの実の外側や内側というのは、どのへんを使ってらっしゃいますか?
丸山:東京だと昔、黒すぎるとウケが良くなかったんですよね。田舎そばみたいだって。でも最近は本当におそば好きの人しかおそばを召し上がらなくなってきてるんですよ。だからなるべく、そういう方に合わせるように使っています。黒めのもの、白めのもの、あとは国内産でも産地がちがうものね。
──かなりこだわって組み合わせてらっしゃるんですね。
丸山:結局ね、新そばが出てくると、何出してもおいしいんですよ。いちばんむずかしいのは梅雨時から夏にかけてですね。なので香りの濃いものを少し混ぜて使ったりとか。
──そのブレンド具合は、お店のオリジナルで決められてるんですか?
丸山:結局リーマンショックで町工場が減ってお客さんが減って。そうするともう味で勝負していくしかないんで、結局味のいいものをどんどん追求することになったんですね。
──ちなみに、つゆのだしは何をお使いですか?
丸山:辛汁の場合は濃くとらなきゃいけないんで、鰹節の量も多いですし、こんぶも使ってます。
甘汁のだしは鰹節、宗田、サバですね。
──かえしの方は、どのように作られてますか?
丸山:醤油はヒゲタのうすくち特選と、そば膳。そば膳というのは、そば屋専用の醤油なんですが、濃い口とうす口の中間のような色で、でもコクがあるんですよ。
──そんな専用のお醤油があるんですね。
丸山:そう。この2種類の醤油をミックスして、みりん、白ざら糖を入れて一度炊いて、それを5日以上寝かせる「本返し」という方法で作っています。みりんや砂糖を入れて、火を入れない「生返し」という方法もあるんですが、それだと熟成に時間がかかるんですよね。
お客さんのニーズに合わせた豊富なメニュー
──開業されてから今までの間に、メニューも変わりましたか?
丸山:最初の頃は、こういうの全然やってなかったですよ。昔はもう、冬だったらかけそば、たぬき、きつね、天ぷらそば、おかめそば。夏はもり、ざる、冷やしたぬきっていう本当にオーソドックスなものだけ。とにかく数が多いから、それ以上だと作れないんですよ。しかもだいたい残業前に食事となると、時間が限られてくるから17:30から18:30の間に持っていかなきゃいけないんです。
──一部の時間に集中しちゃうんですね。
丸山:だからお昼は逆に、そんなに忙しくはなかったですよ。
──ちなみに、人気のメニューはどちらになりますか?
丸山:冬場だとすき焼きだとか、鴨鍋は結構出ますけどね。夏だと鴨せいろとか天ざるとかですかね。あと、イベリコ豚の肉そばは、肉がやわらかいので女性に受けてますね。
──ところで先ほど、すき焼きうどんの話が出ましたが、夏でもすき焼きうどんは出されてるんですか?
丸山:そう。いまはね、冷暖房がしっかりしてるんで、冬場でも夏の冷たいのを召し上がる方、真夏でも鍋焼きという方はいらっしゃいます。そういう需要があるんで、季節問わず出してますね。
──冷房で冷えたところに温かいおそば食べたい気持ち、わかります。お客さん想いのメニューですね。
お客さんへの感謝の気持ち
──お客さんはどういう方が多いですか?
丸山:このへんは羽田が近くて民泊が多いので、以前は外国人の方もよくいらっしゃいましたね。今は大学の方がほとんどですね。リモートになる前は、学生さんもよく来てくれました。学生さんが来てくれたら、そばでも丼でも、量は多めにして出してます。
──そういうのって、学生さんにはうれしいですね!そういえば、こちらのお店では、おそばにバナナがついてくるとお聞きしたんですが。
丸山:あれはね、バナナばっかりじゃないんですよ。メロンの時もみかんの時もあります。わざわざお店に来てくださるんだから、ちょっとした果物で、少しでもサービスさせてもらえたらと思ってね。
──サービスだったんですか。そういう気遣いってとてもうれしいですね。
丸山:うちは創業した時から、こういうクーポンもつけてるんですよ。出前じゃなくお店に来てくださったら、その分コストがかからないでしょう?その分の気持ちです。土曜日と、月末の「そばの日」は2枚つけてます。
──サービスデーのようなものですかね。こういう気遣いって、人間らしい温かみがあって、とてもうれしいですね。
丸山:昔は10円だったけどね、43年の間に20円になったね(笑)。
これからやっていきたいこと
──息子さんが2代目としてお店を継がれるとのこと、今後、こういうことをやっていきたい、というのがあれば教えてください。
丸山:そばは、できるだけいいものを出せるようにしたいと思ってます。でも今は、夢を語るのがむずかしい時期だからねえ。こうなる前はちょっとした宴会なんかでも使ってもらってたんですよ。10人くらいで貸し切りにしたりね。それがまたできるようになるといいですね。
──本当に、みんながまた集まって、楽しく飲んだり食べたり、歌ったりできるようになるといいですね。