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東京二八そば探訪【其の十三】
足利から東京に受け継がれた 唯一無二の太い蕎麦の魅力

【江戸川区 一之江】矢打
k.j

 都営新宿線「一之江駅」と東京メトロ東西線「葛西駅」の中間くらいにある「矢打」。どちらの駅からも歩くと15分~20分かかりますが、バスもあり、最寄りのバス停は「江戸川五丁目」。駐車場もあります。いいお天気なのでのんびり歩いて向かいましたが、建物の壁の「矢打」の店名が見えたところで、「お!」とびっくり。ランチタイムは過ぎていたのに、お店の前に行列ができていました。
 並びはしたけれど、それほど待たずに店内へ。手前にテーブルひとつ、小上がりに掘りごたつ式のテーブルが4つ。お客さんを見回すと、ほぼみんな「鴨汁」を食べているようです。メニューには「辛味大根おろし」や「とろろ」など、他の選択肢もありますが、やはりここは「鴨汁おねがいします!」と注文しました。
 フロアで立ち働く女将さんのきびきびした案内と笑顔がとても気持ちよく、黙々と食べるお客さんの無我夢中の様子を見ても、いいお店!と嬉しくなります。その女将さん、青木秀子さんと、旦那さんの稔さん、ふたりの息子さんも厨房に入って働く、家族経営のお店です。

 9割のお客さんが注文する「鴨汁」が私の前にも到着。まずこの蕎麦が特徴的です。かなり太くて、つやつや。木皿にたっぷりと盛られています。量はこれで「並」。その上が「中」、さらに「中増」があります。スライスした鴨肉とネギが入った熱々の鴨汁に、太いお蕎麦を浸して、そっと口に運びます。

 うーん、おいしい。汁は濃い目ですが、決してくどい濃さではなく、甘辛味が丸くまとまっています。「東京人好みの濃さ」と言ったらいいでしょうか。東京下町生まれの母が好きなはずと思い、食べさせてあげたくなりました。太いので、つるつるすするというより、もぐもぐ噛む。だからこそ味をじっくり堪能できます。ちょっと今までに食べたことがない蕎麦ですが、どこか懐かしい気持ちにもなりました。
 稔さんと秀子さんは、働いていたお蕎麦屋さんで出会い、結婚。ふたりでお店をやることになるわけですが、「自分たち独自のスタイルでやりたいという気持ちがありました」と稔さん。独自のスタイルとは、稔さんのお母さんが家で打っていた蕎麦が原点。お父さんの実家がある栃木県足利で覚えた蕎麦で、「おふくろは卓袱台(ちゃぶだい)に広げて打ってました。(細く切るのではなく)そばがき風に練り込んだり、すいとんみたいにして、けんちん汁のような汁に入れて。自分が感動した蕎麦の味といったらそれなんですよ」と稔さん。
 その素朴な蕎麦を、自家製粉石臼挽きの蕎麦粉で打ち、自信を持ってお店で提供できるかたちに整えました。開店は1982年で、7年後に今の場所に移りました。
 これが蕎麦だ!と思って育ったのは、今や稔さんだけではありません。矢打のお客さんはみんなそうなってしまうみたい。「小さい頃からうちの蕎麦を食べていた子が、よそのお蕎麦屋さんの蕎麦を食べて、これはお蕎麦じゃないって言った、なんて聞くとね。そりゃ嬉しいです」
 鴨汁をメインにしたのは、「この蕎麦には鴨汁が合うからです。この太さと鴨汁が合う。どちらか一方が強くてもいけなくて。汁は2種類の醤油をブレンドして、鴨の出汁で煮込んで。一日おいてなじませます。鴨肉の厚さも、この厚さが一番というのがある」。唯一無二の鴨汁蕎麦です。
 子どもの頃には、家が蕎麦屋だと言いたがらないこともあったという息子さん二人も、今は頼もしい跡継ぎ。「もう、蕎麦打ちは長男に、鴨肉を切るのは次男にまかせています」と言う稔さんの表情は晴れ晴れとしています。

 お店の壁には、稔さんが買い集めた民芸品や、店名入りのTシャツなどが飾られていて、賑やかながらとてもあったかい雰囲気です。天井近くに、大きなおかめとひょっとこのお面が飾られているのが目に留まりました。「おかめとひょっとこは働き者だから」と秀子さん。接客をする上で気をつけていることなどはありますか、とお聞きすると、「ほんとの自分を出してやっているだけです。あとは、誰にでも対等に。社長さんでも部下の人でも同じに接します」と。「そうだねー」と横で稔さんが笑っています。素敵なご夫婦です。
 ラストオーダーの時間直前に「まだ大丈夫?」と入って来たお客さんに、「わあ、おひさしぶりです!」と笑顔をはじけさせる稔さんと秀子さん。聞くと、「4年ぶりくらいに来てくれたお客さん」とのこと。転勤したり引っ越したりして遠くに行っても、また思い出して寄ってくれるお客さんがたくさんいるそう。「おいしかったー、おなかいっぱいだよー、って言って帰って行って、また来て、変わらないね、って言ってくれる。ほんとに嬉しいことです」

矢打
江戸川区江戸川5-23-39 03-3687-2293
定休日・水曜日/木曜日