粋を楽しむ。

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東京二八そば探訪【其の十二】
庶民の味にこめたこだわり 削ぎ落しながら蕎麦の原点へ

【江戸川 瑞江】そば処 ますや
K.J

 都営新宿線「瑞江駅」南口ロータリーを抜け、徒歩10分。「エトワールモール」と書かれたレトロなアーチから始まる商店街の途中に「そば処 ますや」がある。昭和の懐かしい雰囲気が残る落ちついた通りです。

 回りを緑に覆われたお店の引き戸を引いて中に入ると、奥の小上がりにテーブルがふたつ、手前には大きなテーブルがひとつ。時代小説でよく書かれる「小体な店」という表現が似合うような、こじんまりとして清潔感あるお店です。ランチタイムをだいぶ過ぎたので、お客さんは常連らしい男性ふたりと女性ひとり。窓からは緑風が店内にふきわたります。

 メニューはたくさんあって、いつものように迷いに迷いました。丼ものとのランチセットもいろいろ(玉子丼に心魅かれる)、季節のお蕎麦も種類が多くて魅力的。でも、訪れた日はよく晴れて暑いくらいの気候だったので、冷たいお蕎麦がいいと思い、「天おろし蕎麦」にしました。
 お酒のつまみメニューを見てみると、「そば味噌」「餅の揚げ出し」「さしみこんにゃく」「板わさ」「ねぎ天」「たらこの薫製」「焼き味噌」「もつ煮込み」と、実に好みのラインナップ。はじから頼みたい衝動にかられます。

 三代目の野部大和さんにお話をうかがいました。お店は、大和さんの祖父母がこの場所で開店。お父さんの富夫さんが二代目で、三代目が大和さん。今も元気に一緒に店に立つお父さんの富夫さんは多才な方で、店内に飾られた山の写真や墨絵の作者でもあります。繊細なタッチで桜の巨木を描いた墨絵は、素晴らしくて見とれます。

 入口の曲線ののれんレールは珍しいし、店名を透かしに入れた鉄製引手など、随所に芸術的センスが光るのも、なるほどと思いました。

 三代目の大和さんは、「朝はかつおぶしのにおいで目が覚めた」という蕎麦屋ならではの生活の中で、いずれは店を継ぐだろうと思いながら、20代半ばまでは会社員をしていたそうです。しかしその会社がなくなってしまったタイミングで、将来を真剣に考え、店を継ぐことを決意。まず蕎麦打ち教室に通って基本を学び、その後、都内の蕎麦店で7年間修行しました。修行していたお店は、手作りを惜しまず、味にとことんこだわることで蕎麦通から人気の有名店。このお店から学んだことは多いそうです。「祖父母の代は蕎麦は機械打ちで、出前が中心の店でした。それを父が手打ち蕎麦に替えたのですが、少しずつ手作りを増やし、お酒のつまみなども増やしていきました」。
 そんなこだわりを形にしたのが、週末だけ提供する「酒菜五種盛り」と「十割蕎麦」。土日限定の特別メニューで、五種盛りの内容は週替わり。たとえば今週は「若竹煮」「鴨ロース煮」「サヨリの昆布〆」「新生姜と豚肉の香味和え」「おかひじきと鶏ささみのごま和え」の五種。これらをつまみにお酒を楽しみ、十割蕎麦で締める。これを毎週末の楽しみに来店されるお客さんも多いとか。

 さて、「天おろし蕎麦」がきました。見た目がカラフルできれい。真ん中の大きな海老天を囲むように、キャベツ、海苔、トマト、辛味おろし、貝割れ大根、おかか。さらにネギをトッピングして、つゆを適量まわしかけて食べます。「ふつう、お蕎麦屋さんのメニューには野菜が多くないので、野菜をたくさんとれるようにこれを考えました」と大和さん。蕎麦は、ほんのり甘くて喉越しが良い。「今日は北海道の『ぼたん』という品種です」。吟味した国産蕎麦の実を、店内の石臼で自家製粉しています。蕎麦畑に通って農作業を手伝った経験もあるそうで、蕎麦の産地や品種のことを教えてもらえるのもありがたい。
 おいしいお蕎麦と、くせのないすっきりしたつゆ、辛味がさわやかな大根おろしの三者の相性がすごく良くて、するするといただいてしまいました。海老天がおいしいということも声を大にして言いたいと思います。ぷりぷりの、しっかりした食感で、海老の旨味が濃い。「久しぶりにおいしい海老天を食べました」と言うと、「それは良かった」と優しく微笑んでくれました。
 ひとつひとつ食材を吟味し、ていねいに作られていることがわかり、食べていてとても気持ちが良かったです。「いろんなものを足していって新しいものをつくるというより、要らないものを削ぎ落し、定番を磨いていきたいんです。蕎麦屋の原点に戻るという気持ちでやっています」。

そば処 ますや
江戸川区江戸川1-10-6 03-3670-6147
11:00~15:00(LO 14:30)
17:00~20:00(LO 19:30)
定休日・水曜日