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東京二八そば探訪【其の十一】
明日への英気を養えるお店。「非日常」が「日常」を支える大切な時間だと知ることのできるお店

【江東区西大島】銀杏
K.J

 都営新宿線「西大島」駅A2出口を出て、スカイツリーが見える方向へ徒歩7分。住宅街の中にふいに現れる打ちっぱなしコンクリートの建物が「銀杏」です。下町の風情が残る路地にあっても硬質な外観が馴染んで見えるのは、お隣の愛宕神社の銀杏の大樹が優しく寄り添っているからでしょうか。

 茜色ののれんをくぐり、からりと引き戸を引いて店内を見渡せば、決して広くはないけれど、2階席までの吹き抜けで開放的な雰囲気。右手のガラス張りの中が打ち場で、石臼がゆっくりと回っていました。分厚いコンクリートの壁が重たく見えないのは、長細いガラス窓から外の緑や空が見えるからかも。とにかく洒落た造りのお店で、外観も内装も、お蕎麦屋さんというより小さな美術館のよう。このデザイン、店主の田中栄作さんのお好みとのことです。

 田中さんのお父さんが初代としてここでお店を始めたのが1958年。栄作さんに引き継がれた2004年に、店舗デザインからメニューまで、すべてを新しくしました。お蕎麦も、このときから二八蕎麦に。「二八はやっぱり食感がいいし、おいしいよね」と田中さん。いわゆる「町のお蕎麦屋さん」だったそれまでとは、まったく違う店舗デザインにしたのは、もともと打ちっぱなしコンクリートの建物が好きだったことに加えて、普通のお蕎麦屋さんとは違う「非日常の特別感を感じてもらいたい」というコンセプトを持っていたから。

 このコンセプトを大切に、工夫して、アイデアを形にし、田中栄作さんと女将さんの政江さんの二人三脚で築いてきました。特に、オリジナリティあふれることで評判のメニューには、政江さんの探究心と志が込められています。「最初の2、3年は、なかなかお客さんに来てもらえなかった」と笑う政江さん。当初は、お蕎麦も酒肴も、いわゆるお蕎麦屋さんの定番を出していました。駅からちょっと離れた住宅街という立地の難しさもあり、どうしたら継続して来てもらえるか考え抜いて出した答えは、「遠くてもわざわざ何度も来たくなるように、ここでしか食べられないメニューをつくる」こと。ここでしか食べられない、店の顔になるようなメニューを考えたとき、女将さんがまず思ったのは「野菜をコンセプトにしよう」ということでした。お蕎麦はもともとヘルシーだけれど、これに野菜をたくさんプラスして、でもヘルシーなだけじゃなく、ボリュームもあって、見た目も美しく、女性にも男性にも喜ばれるメニュー。こうして一番最初にできたメニューが、今回いただいた「銀涼そば」です。

 「お餅が入った力蕎麦ですけど、香味野菜をいっぱい入れて、器や盛り付けも工夫しました。今もずっと人気があるメニューです」。テーブルに運ばれてきたら、「わあ!」と歓声をあげてしまう見た目の美しさがあります。ぬくもりを感じさせるオーバル型の器に、鮮やかな緑色の奴(やっこ)ねぎ、淡い赤紫色を添えるミョウガ、揚げ餅のぷくぷくした立体感、味わい深い千寿ねぎ、香り高いおかか。それぞれどっさりの満足感。食べると、さわやかでコクのあるつゆもたっぷりで、二八蕎麦とのからみもよく、あれよあれよと平らげてしまいました。同じ内容(ミョウガ以外)の熱々バージョン「銀杏そば」もあります。

 冷の「銀涼そば」と温の「銀杏そば」、このふたつの看板メニューの誕生を起点として、このあと次々に新しいお蕎麦が生まれました。夏の「とまとそば」や「夏野菜のジュレそば」など、話題になったメニューも数々あり、季節の新作蕎麦を楽しみにする常連さんも多いそうです。

 定番の「玉子焼き」もいただきました。通常は玉子4個を使った大きなものですが、半分サイズもあるのでそれを。他の酒肴も小さいサイズがあるものがあり、ひとり呑み愛好家としては嬉しい限りです。少し薄い色目が特長の玉子を使った玉子焼きは、ふっくらとしてほんのり甘く、大根おろしをたっぷりのせて、お醤油をちょっとだけたらして食べれば、「やっぱり玉子焼きはいいなー!」と、幸せに思うこと間違いなし。

 住宅街とはいえ、近くには会社もいくつかあり、その会社員さんたちや、ちょっと遠くから友達と連れ立って来た人たち、昼酒と肴でしっぽりしたいおひとりさまなどで、ランチタイムは賑わいます。夜は、女将さんが味見し厳選した日本酒、ワイン、果実酒などを楽しみながら、ゆっくり過ごせます。

銀杏
江東区大島2-15-3 03-3681-9962
定休日・火曜