粋を楽しむ。
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「そばは胸をはって出せる、日本のファーストフード」
気取ってはいないけど矜持(きょうじ)はある、センター街の粋なそば
[渋谷]そば処 渋谷更科
東京都渋谷区宇田川町22-4
営業時間 11:00~22:30 定休日:年中無休
戦後まもなく開業した「そば処 渋谷更科」。渋谷センター街という、時代の変化を最も感じやすい場所でのれんを掲げつづけて約80年。元々は戦前から店主の御祖父母が、この上階でうなぎ屋を営んでいたところ、戦後の配給で粉類が多く配給された時に、うなぎとお酒を楽しんだ後に軽くおそばを食べたい、というお客さんのリクエストがあり、地下で開業されたそうです。今回は3代目となる清水幸さんにお話をお伺いしました。
3代目は現役の建築士
── 幸さんはお店に入られて何年くらいですか?
清水氏(以下敬称略):お店に関わりはじめてから、もう20年になります。祖父母の娘2人、つまり私の母と叔母が2代目として継いで、母の次女である私が3代目に。といっても、母は今も健在で社長ですが。
──どうして幸さんが継がれることになったんでしょう?
清水:じつは私、本業は設計の仕事をしてるんです。ただ母が寄る年波で、朝から晩までお店を見られないというので、兄と姉もいるんですけど、消去法で白羽の矢が立ちました。
──では元々は建築のお仕事を?
清水:はい、アメリカの大学と大学院で学んで日本に戻り、設計の仕事を。今でもしてるんですけど。
──え、では掛け持ちですか、大変ですね。
清水:そうです。でも掛け持ちはだめですね。なかなか行き届かない。それは最近痛感してます。
──おそば屋さんとしてはかなり珍しいご経歴ですが。
清水:でもアメリカの大学へ行ってよかったです。日本の文化のことを聞かれて、適当なことは言えないので勉強しましたし。
──戦後まもなくから、渋谷の街は激変していると思いますが、幸さんが生まれた頃とくらべていかがですか?
清水:私が生まれたのは東京オリンピックの2年後で、その頃にはもう今も渋谷の形はできあがってましたね。センター街もありましたし。それより前は交差点が小さかったりしたみたいですけど。
──お客さんの変化というのもありますか?
清水:昔は晴れ着姿で、明治神宮の初詣帰りに、ここでそばを食べるなんてお客さまもいらっしゃったんですけど最近はもう、すっかり変わりましたね。
──たとえば90年代のコギャルブームの時はそういうお客さんも?
清水:こーんなヒールの高い靴をはいた子たちが来たりしてましたよ。でも銀行マン風の方がひとりでいらっしゃることもあるし。
「ターゲットは?年齢層は?」とよく聞かれますが、本当にいろんな方に来ていただいてるので。何年も顔なじみの方も、夜のお仕事の方も、コロナ以前は1/4くらいが外国人のお客さんだったし。うちのスタッフはみんな2ヶ国語以上できるので、渋谷の街で迷ったらここの店に聞け、なんて旅行サイトに書かれていたみたいです。
おそばの醍醐味はのどごし
──こちらのおそばの割合は二八ですか?
清水:はい、二八です。でも夏、つまり新そばの前の時期は、水分量の問題で2.5割くらいになることもあるようです。あんまりのどごし悪くなると嫌なんで。
──やっぱりのどごし重視ですか?
清水:そうですね、うちはのどごしです。よくおそば好きな方が「そばの香り」って言うじゃないですか。でも私はあんまり香りを楽しめたことがないんで。おそばの醍醐味はのどごしだと思います。あとはおつゆのバランスかな?
たとえば、冷たいざるそばをスッと食べたいっていう夏は、本来そば粉が一番疲れている時期なんですよね。そこでおいしいと思ってもらえるのは、やっぱりのどごしじゃないかと思うんですよね。
──そうすると太さにもこだわられてますか?
清水:そうですね、他のお店よりちょっと細めに作ってます。あとおつゆを江戸前の濃いおつゆでなく、若干甘めの、たっぷりつけていただけるようなものにしてるんです。
──それはなぜでしょう?
清水:場所柄、いわゆる「通」の隠れ家的なお店ではないので。バランスよくしている間にそうなりましたね。そばの先にちょっとつけるというより、じゃぶじゃぶつけていただいて、好きに召し上がっていただければと。
──そう言っていただけると正直、お客としては気が楽かもしれません。
清水:私がお店に入った頃から、センター街はもうファーストフードのお店ばっかりでした。外国の方もいらっしゃる中で、胸をはって、日本のファーストフードとして出してます。
うちは黒塗りの車で乗り付けて「ここのそばじゃないと」っていうお店じゃないんで。パッと出てきてスッと食べられる「早くておいしい」がコンセプトかな?渋谷に来て気軽に食べられる、ちょっとホッっとできるお店になれればと思ってます。
──そばは本来、江戸時代のファーストフードでしたね。
──ちなみにそば粉の産地はどちらですか?
清水:時期で変わります。基本的には北海道や長野ですが、たまにちょっとだけ中国産が入る時もあります。粉屋さんと相談して、今ここの粉はキュッとしてないから、こっちがいいんじゃないかとか。
──キュッとしてる?
清水:握った感じできしみ方がちがうというか。いい時はキュッとするんですよね。
──おつゆは甘めとのことですが、かえしとだしはどうされてますか?
清水:かえしは醤油とお砂糖だけ。だしは鰹と宗太ですね。
──ちょっと甘みがあるというのは、かえしがちょっと甘めということでしょうか?
清水:そうですね
──ちなみにこちらのお店には「おはぎ」があると伺ったのですが。
清水:今、あんこを煮てくれるおばちゃんがお休みしちゃっててやってないんですよ。
──食べたかったです(笑)。どういうきっかけでおはぎを?
清水:もともとは夕方3時から5時くらいの時間に、お買い物帰りのおやつとして、小さいおそばとおはぎとお茶、というセットを出してたんですが、そのおはぎがご好評いただいたんです。
──センター街でおはぎとお茶のセットは、かなりホッとしますね。
社内コンペでメニュー開発
──こちらで人気のメニューは?
清水:うちは「三根そば」というオリジナルのそばですね。にんじん、れんこん、大根、ごぼう、しめじがゴロゴロのっている、あんかけ仕立てで生姜をのせたものです。薄味のおでんのようなイメージかな。
元々は冬用のメニューとして出してたんですけど、渋谷のデパートで働く女性たちが、夏もクーラーで冷えるから作ってほしいとおっしゃって、年中出すようになりました。
──どういう経緯で開発されたんですか?
清水:これは社内公募です。それぞれ2品ずつ考えるというコンペをやって、優勝したのがこれです。職人が考えたものなんですが。
──メニューはアップデートされたりするんでしょうか?
清水:そうですね、年に一度くらいは「何かない?」と相談します。たとえば去年の夏は「香味野菜そば」を出しました。ねぎ、三つ葉、みょうが、大葉をわさわさ乗せて、ごまとごま油で混ぜて香ばしさを足したおそばです。別盛りでパクチーもお出しして。女性にはとても好評でした。
味覚の変化とどう折り合いをつけていくか
──長くお店を続けられて、何か変化を感じることはありますか?
清水:ありますあります。今の若い人たちは生まれた時からコンビニがあって、うま味調味料がたくさん入った濃い味に慣れてるんですよね。だからうちのおつゆ「薄くないですか?」って言われることもあって。
──いつのまにか味覚が変わりつつありますよね。
清水:そう。それはいまのお店の味と、どうバランスをとったらいいのかなと悩みますね。ここのところ若い人たちの反応を見ていると、どうやら「甘み=うま味」になってるんです。甘いとコクがあると思うらしく。
食材の流行りすたりなら、これを取り入れて何ができるかなって考えればいいんですけど、たとえば根本的なおつゆの味を、どう変えていけばいいのかと。
──先ほど、そばをじゃぶじゃぶつけてもいいように、おつゆを甘めにしていると伺いましたが、それもやっぱり開業時から変わってきたものですか?
清水:そうですね、変えてきてます。でも今度はどういう風に変えたらいいのかっていうね。今はとろろそばを出したら、とろろとおつゆをがーっとせいろの上にかけちゃう子もいますから。
──それは驚きですね。
清水:きっとご家庭でどんぶりにおそば入れて、おつゆかけて食べられてて、そばの下がせいろだっていう認識がないんでしょうね。そういう変化はこの街にいると感じやすいかもしれません。
昼間から飲めるのが、そば屋の醍醐味
──こちらのお店は通しで営業されてて、昼間からお酒が飲めるんですね?
清水:もちろん、それがそば屋の醍醐味だと思ってます。だから「こんな時間から胸張って飲んじゃってください」ってお迎えしてます。
──そば屋だと、昼から飲んでも許されるというか、むしろ飲んでいる方が粋な感じがありますよね。
清水:おそばの前にちょっと日本酒なんか飲まれてると「お、慣れてるな」って思います。
──こちらは日本酒や、そば湯で割るそば焼酎もあるとお聞きしました。
清水:日本酒も、生酒だったりひやおろしだったり「季節の1本もの」というのを用意しているので「今月は何が入ってるの?」と来てくれるお客さまもいらっしゃいます。
──それはかなりこだわられてますね。
清水:古くからの付き合いの酒屋さんと相談して、あんまりおそばの邪魔にならない、辛いだけでなくバランスのいい、でもしっかり日本酒の味がするものを用意してます。
おそばだと、どうしても季節感を出しにくいので、日本酒で季節を感じてほしいと思ってます。冷たいお酒をキュッと切子で飲んでいただいたり。
──日本酒で季節感、というのはうれしいですね。そば前も充実されてますが、他のお店に行って参考にされたりすることはありますか?
清水:ありますあります。江戸前のお店に、鴨焼きはどうやって出してるのかなと見に行ったり。ただ、正しいか正しくないかわからないんだけど、私としては、たとえばお刺身を出して飲み屋っぽくなるのもイヤだなと思っていて。ぬただったり、そばみそだったり、手間がかかったものをちょっとつまめて、ちょっと飲めて、というのがいいなと。
──居酒屋にはなりたくない?
清水:そばの粋な感じは残したいなって。ワイワイガヤガヤじゃなくて、そば屋っていう雰囲気があるようにしたいなと。
──いまの若い人たちの味覚は意識するけど、そばからは離れたくない、という感じでしょうか?
清水:手軽に食べられるファーストフードだし、気取ってるつもりは全然ないんだけど「居酒屋じゃないぞ、そば屋だぞ」っていう。パッと来てサッと帰るところとか。
──そこ、すごく大事なポイントですね。
清水:今はもう「抜き」って言葉も知ってる人がほとんどいなくなってきて。「天抜きできる?」っていうお客さまにも、かろうじて来ていただけてるけど、別な人たちもいらっしゃるから。
でも「抜き」という言葉のような、そばの「粋」な感じ?そういうのは残ってほしいですよね。やっぱり「かも抜きで日本酒ある?」なんて言われると、ああうれしいな、と思いますもん。
──粋を継続させるむずかしさ、というのがありますよね。昔は粋な大人になりたいなんて思ってたものですが。
清水:もう今は「粋って何?」かもしれないですね。少なくともわたしの代は、粋がまかり通る、わかるお店でありたいと思ってますけど、むずかしい。全身タトゥーだらけの子が、いい子でおそばを食べに来てくれたりもしますしね。
──多様性のある世の中で、変化も大きくなってるけど、そういう中でそば屋としての矜持(きょうじ)をお持ちだというのが、すごくかっこいいですね。
清水:いつまで意地はってられるかわかりませんけどね(笑)。