粋を楽しむ。

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「作ってる人が変わったら味が変わるのも当然」
老舗でありながら気負いすぎない、自然体の外二八そば

[神田]浅野屋 本店
東京都千代田区内神田2-7-9 浅野屋ビル 1F
営業時間[月~金]11:00~15:00/17:00~21:30[土]11:00~14:00
定休日:第1、第3土曜日、日曜/祝日

 明治5年に神田で創業、明治25年から現在の場所でそば屋を営んできた「浅野屋 本店」。創業時の店舗の大家さんが、忠臣蔵で有名な、あの赤穂浅野家出入りの大工さんだったことから、その名を借りて屋号とされたそうです。現在は4代目と5代目がお店を切り盛りされており、5代目の和久井喜信さんにお話をお聞きしました。

・130年近く前からずっと神田のこの場所で営業を続けている。

 

創業から約150年、老舗の「外二八」

・緑がかった新そばの色もあざやかな天せいろ。海老も2本入り!

── 浅野屋さんは150年近い歴史をお持ちですが、喜信さんがお店に入られたのはいつ頃になりますか?

和久井氏(以下敬称略):10年くらい前かな。その前は、別のお店で修行してました。

──ずっと、そば一筋ですね。おそば屋さんに限らず、後継ぎの方は一度、外のお店で修行されることが多いようですが、それはなぜですか?

和久井:実家にいるとやっぱり甘えが出ちゃうからじゃないかな。

──こちらのおそばは「外二八」とのこと、「そとにはち」って初めて聞いたんですが、どういったおそばなんでしょうか?

和久井:二割がつなぎ八割がそば、というのが「二八そば」だけど、外二八は蕎麦十に対して二のつなぎを足したもの。つまり普通の二八よりは若干、そばの割合が多いね。

──これは創業時からそうだったんでしょうか?

和久井:昔の話はよくわかんない。途中で変えてるはずだと思うよ?4代目は外二八だけど3代目になるとどうなんだか。自分が以前修行した店は二八だったけど、ここはもともと外二八だから、そういうもんだと思ってやってきたんだよね。

──ちなみに今は新蕎麦の時期ですが、こちらは北海道産のそば粉ですか?

和久井:そう、北海道以外だと茨城だったり富山だったり、アメリカのものも割と質がいい。

 ──お店の入り口に石臼がありましたが、それで挽かれてるんでしょうか?

和久井:全部ではないけどね。よく真っ黒のそばがあるけど、うちは外殻を処理したものを使ってる。十割そばだったら黒くても良いかもしれないけど、やっぱり江戸前のそばだからあんまり色味を黒くしないように。

・店頭には現役の石臼が。そばの実は淡い緑色。

──ちなみに新蕎麦になると、気をつけなきゃいけないことはありますか?

和久井:水分かなあ。あれだよ、新米と一緒。いつものつもりでやってるとずるずるになっちゃう。

 ──新そばっていつくらいまであるんでしょう?

和久井:早い時は9月半ばから出始めるけど、大体11月で終わりかな。

──先ほど4代目に少しお話を伺ったら、新そばよりちょっと落ち着いた時期の方が、味はいいとのことでした。

和久井:まあ、若干ねかせた方がなじんでくるからね。香りもあるし、水分量とかの感触も変わってくるから。

 

風味と香りがちがうから、だしは2種類

・冬の人気のメニュー鴨南蛮はコクが深くまろやかなおいしさ。

──おつゆについては、もり汁が鰹節8割に宗太鰹節2割、かけ汁がサバ節8割に宗太鰹節2割とのことですが、もりとかけで分けているのはなぜですか?

和久井:もりとかけでは風味もちがうから、それぞれに合っただしということで。温かいのと冷たいのでは香りの立ち方もちがうし。

──天せいろをいただいたんですが、おつゆの色がすごく濃いのに、食べてみると醤油というより風味の方が強くておいしかったです。あれはかえしのせいですか?

和久井:それはだしのせいかな。かえしはしょうゆと砂糖だけだから。それを何回かに分けて火入れして、一週間以上ねかせてる。

──かなりねかせるんですね。

和久井:もり汁はかえしに少しだけみりんを入れて、さらに3日以上何度か火入れしてねかせて、だしを足す。かけ汁ももり汁も、かえしは一種類だから同じなんだけど、だしと割合がちがうんだよね。

 

そばの焼きそば!?

──メニューが丼ものも含めて豊富でびっくりしました。

和久井:増えたり減ったりしてるけどね。昔はたぬきだとかきつねだとか、定番もあったんだけど、今はやめちゃってるし。比較的新しいのは「とんぷら」かな。

──「とんぷら」ってなんですか?

和久井:豚のロースをてんぷら粉で揚げたものだね。あとよく出るのはごぼうとか、季節もの。 

──春夏秋冬、10月から5月までと、時期ごとに4種ほどありますね。季節ものをこれだけ用意されてるのはなぜですか?

和久井:やっぱりマンネリ化しちゃうからね。季節ごとに変えていかないと飽きられちゃう。

──冷やしだけど、夏はたぬきやきつねがありますね。

和久井:これは普通の揚げが入ってたり、揚げ玉が入ってたりっていうシンプルなものではなくて、結構具だくさんで……

──冷やし中華みたいな?

和久井:今、そう言おうと思ったんだけど(笑)。きゅうりだのわかめだの、いろいろのってる。冷やしたぬきは小エビの天ぷらがのってますね。

──和風やきそばっていうのも気になったんですが、これはそばではないんですか?

和久井:いや、そばです。生のそばを揚げて、温かいそばのつゆをあんかけにしてる。

──このメニューはどうやって生まれたんですか?

和久井:もともとは並木の藪そばに巣ごもりそばっていうのがあって、それを参考にしたものですね。

──他のおそばやさんや料理屋さんに食べに行って、参考にされることってありますか?

和久井:あるね。自分が前に修行してたところは、鴨を真空調理してて。鴨をおつゆと一緒に漬け込んで低温で熱を入れると、お肉の赤みが残った状態で、おつゆの味がじゅーっと鴨にしみてるんです。それで鴨せいろを出してました。今はちょっとやってないんだけどね。

 

かけ汁で作る醤油系焼き鳥 

・甘くない、醤油の風味がきいた焼き鳥は日本酒にも合う。

──そば前の方もかなり魅力的なラインナップですが、特に人気のメニューは?

和久井:やっぱり焼き鳥。

──焼き鳥いただいたときに、よくある甘めの味付けじゃなくて、タレがお醤油ぽいなと思ったんですが。

和久井:あれはね、さっきのかけ汁。かけ汁にみりんを少し入れて煮てるの。でもおそば屋さんの焼き鳥っていうのはこんな感じ。まあ、甘いの出すとこもあるけど。

・ふっくらサクサクの穴子天ぷら。この日は特別にかぼす付き。

──穴子や天せいろの天ぷらもサクサクですごくおいしかったんですけど、もしかしてごま油を使われてますか?

和久井:そう。大豆油にごま油を混ぜて揚げてる。風味付けですね。あとは定番で玉子焼きとかよく出ます。

 

老舗のプレッシャーは?

・江戸前そばの味を守るために作られた木鉢会のポスター。

──こちらのお店はかなりの老舗ですが、お店を継いでよかったなとか、本当は家具デザイナーになりたかったとか、そういう後継ぎならではの苦労みたいなものはありますか?

和久井:(笑)。そういうのがプレッシャーになってるのはあるよ。歴史的なものが、続いてきてるからさ。

──こちらのお店を継がれるのは、もう生まれた時からの定めだったんでしょうか?

和久井:親はそのつもりだったかもね(笑)。

──歴史的なプレッシャーってどうしてもあると思うんですが、この伝統は守らなきゃ、というのはあったんでしょうか?

和久井:うーん。そういうのあんまり深く考えたことないな。親父はなんかあったかもしれないけど。

──かえしとかだしとか、ちょっと変えちゃおうかな、とか。

和久井:そういうのってやっぱり好みだからさ。今は親父がいるから親父の味でやってるけど、自分が完全にひとりでやるようになったら、変わっちゃうかもしれない(笑)。

──4代目が3代目から代替わりした時も、何か変えられたんでしょうか?

和久井:どうなんだろね、同じことをやってても、やっぱり味が変わったのなんのって結構言われたらしいけど。

──同じことやってても言われるんですね!

和久井:変わってなかったとしてもね、たぶん言いたいんだよ。

──やっぱり「味変わった」って言われるのはいやですか?

和久井:いや、作ってる人が変わってるんだから、変わって当然だろって。チェーン店みたいにどっかの工場で作ったやつを出してるわけじゃないんだからさ。味は変わって当然だと思いますよ。まあ、言ってる人も嫌味じゃなくて、はげましの意味合いで言ってくれてるんだけどね。

──今後、こういうことをやっていきたいなっていうのはありますか?

和久井:せっかく外で修行してきたんで、おつまみで魚関係やりたいなとは思うんだけど。前に修行してたところは関西割烹とおそばのお店だったんで。

──めずらしい組み合わせですね。

和久井:宴会なんかのメニューで、ある程度自分の自由にできる時は、今も出してるけど。

──そうやって代々の方がちょっとずつ自分のカラーを出して、またお店の歴史が刻まれていくんですね。

・終始ざっくばらんに、にこやかにお話しくださった喜信さん