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東京二八そば探訪【其の七】
まごころこもったお蕎麦の味 創業65年のジャズが似合うシックなお店

[上野]誠月
K.June

 地下鉄千代田線「湯島」駅6番出口を出て徒歩2分くらい。地下鉄銀座線「上野広小路」駅やJR「御徒町」駅からも5分以内の、目指すお店の名は「誠月」。ビジネス街ではあるけれど下町の風情も残る路地の一角に、手書きのメニューが貼られた入口が見えました。お蔵の引き戸を思わせる分厚い扉を引くと、落ち着く薄暗さの中のこじんまりした一階席はほぼ満席。男女比は半々くらい。たまたまでしょうか、みんな大人のおひとりさまで、静かです。

 おすすめのランチは、お蕎麦の「せいろ」か「かけ」に「ちび丼」がつくセットだと女将さんにお聞きして、どれどれ、とメニューを見ます。ちび丼にもいろいろあって、「このは丼(揚げときのこの玉丼)」「カツ丼」「かき揚げ丼」「野菜天丼」「イカ天丼」。イカ天丼!! 天丼の中で一番好きなものを発見して心は決まりました。「ちびイカ天丼セット! せいろでお願いします!」と勇んで注文。

 店主の小林貴一さんは三代目。1955年(昭和30年)にお祖父さんがこの場所で開店し、お父さんが継ぎ、貴一さんは大学卒業後に5年ほど他所で修行してから店に入りました。「昔は、出前がメインの店でしたね」。中学生くらいから出前の手伝いもしており、いずれ店を継いで蕎麦屋になることは若い頃から納得していたそうです。

 転機は四半世紀前の1995年。大々的なリニューアルをしました。出前より店売りを主体にするために、メニューを工夫し、蕎麦は二八にし、内装もすっかり変えました。「ちょっとした非日常空間、というのをコンセプトにして。当時、お蕎麦屋さんというと、バタバタ急いで食べる雰囲気でしたけど、夜をメインにすることも考えて、ゆっくり落ち着ける店にしたかったんです」。入口の木の引き戸からはじまり、分厚い一枚板のテーブル、シックな内装。レトロな硝子をはめた小窓から厨房がちらっと見えるなど、遊び心も感じられる素敵なお店になりました。

 2階も見せていただきました。落ち着いた色調で統一され、大人がくつろげる雰囲気です。お蕎麦屋さんというよりジャズバーみたいですねと言うと、「夜はBGMにジャズを流してますよ」と小林さん。この大きなリニューアルの直後は、昔からのお客さんに「最先端すぎるのでは」と言われたりもしましたが、今となっては、時代の先を見越したデザインが時を経て馴染んで風格さえ漂わせます。

 お酒のリストには、厳選された日本酒はもちろんワインもあって、グランドメニューもどれも魅力的。「豆乳ドレッシングをかけた蕎麦サラダとか、夜は人気ですよ」とお聞きして、それ絶対好き、とうっとり。何を呑んで何を頼もうかと考えはじめてしまいました。

 味のあるメニューの書き文字は、すべて女将さんの手によるもの。店名の「誠月」のロゴもそう。「べつに特別に習っていたというわけじゃないんですよ」とおっしゃる女将さんですが、「おいしそう」な文字は、お店の個性の大切な一部になっていると思いました。

 「ちびイカ天丼セット」がきました。お蕎麦と丼のセットのときは、まず先にお蕎麦をいただきます。やっぱり二八蕎麦はバランスが良くておいしい。つゆも好みの濃さ。とろろがつくのも楽しい嬉しい。お蕎麦をたいらげてから、「ちびイカ天丼」。丼つゆが甘すぎなくて、大好きなイカ天がことのほかおいしくいただけました。つゆは蕎麦以上に好みが分かれるところですが、個人的にとても好きな塩梅でした。濃いめだけれど醤油が勝つ塩っぱさではなく、かといって決して甘くない、バランスがとれた濃いめの味。そのつゆに熱々の蕎麦湯を入れて、天丼を食べながら飲む。ほっとします。

 お店の名前は、「お客さんにまごころを込めて接する」という思いを「誠」の字で表したもので、初代のおじいさんがつけたとのこと。とてもいい名前です。小さい頃からお店を手伝い、ずっとお蕎麦が大好きだという小林さん。「おいしいお蕎麦をまごころ込めて」の思いはしっかり継続されていると思いました。

誠月
台東区上野1-2-10 03-3831-3809
11:30~22:00
定休日・土日祝日