粋を楽しむ。

新着情報

東京二八そば探訪【其の六】
広々した和風モダンの居心地良さ。 お客さん第一の心が届ける風味豊かな二八蕎麦。

[八王子市]北野 増田屋
K.June

 京王線「北野」駅南口を出て、湯殿川を渡ってすぐの北野街道沿い。駅から徒歩5分と聞いたけれど、もっと近い印象の「北野増田屋」。ランチタイムが落ち着く時間に訪ねましたが、談笑しながら2階にある入口へと階段を上って行く女性ふたりを見て、後を追うように上がりました。

 店内は広々していて、内装は和風モダンといえばいいでしょうか。落ち着いた色調と照明に高級感を感じつつ、さりげなく飾られた花や蕎麦猪口のコレクションが、温かみを添えています。「敷居は高くないはずです。格式張った蕎麦屋ではないですからね」と優しく笑うのは、二代目店主の宮崎裕樹さん。

 お店の名に「板蕎麦と和膳」とあるし、「板蕎麦」の美しい写真をメニューで見て、すごく心魅かれましたが、迷いに迷って、季節のおすすめの「八王子原木椎茸と小海老の天せいろ」を注文することに。しかし、しゃれた御簾で仕切られた隣のテーブルをそっと見ると、板蕎麦を食べ終わった年配の女性ふたりが、「久しぶりでおいしかった~」「ね~、おいしかったわね~」と言っていて、心はぐらぐら揺れました。注文はいつでも悩ましくエキサイティングです。

 ここは初代である宮崎さんのお父さんが、1973年(昭和48年)に開店しました。息子の宮崎裕樹さんは19才から都内の和食店や蕎麦店で修行していましたが、お父さんを助けるために24才でこちらに戻りました。今から6年ほど前、宮崎さんが40才の頃に、思い切って店全体をリニューアル。高級感ある内装にし、メニューの刷新に加え、蕎麦はすべて二八にすることもそのとき決めたそうです。「通常は、新潟魚沼産の決まった蕎麦粉を使っています。春先から雪室(ゆきむろ)に玄蕎麦を入れて貯蔵することで、香りや風味が保たれて、通年ずっとおいしい蕎麦です」と宮崎さん。

 ふわりと繊細な香りを感じながら、すっきりと口に広がる蕎麦の風味。しみじみ、おいしい。つゆはさっぱりめで、ほっとする味わいです。「つゆは難しいですよね。自分のこだわりと、なるべく多くのお客さんの好みに合わせたいという思いがあります。蕎麦にちょっとだけつけて食べるキリッとしたタイプもいいんだけど、つゆはたっぷりつけて食べたいというお客さんはやっぱり多くて、その間をとるような、蕎麦がひきたつつゆにしているつもりです。昔は、おいしいと言われる人気の蕎麦屋に食べに行っては揺れていた時期もありましたけど、今は、自分の中のぶれないラインが見つかった気がしています」。まっすぐで温かい蕎麦への思いをお聞きしながら、熱い蕎麦湯を入れた滋味豊かなつゆを飲み干し、心から満足のため息をつきました。

 「原木椎茸の天ぷら」は、びっくりするほどおいしかった。とても肉厚で、ぷりぷり食感。いや、ぷりぷりよりもっとすごい、「こりこり」と言いたいくらいです。しかも地元八王子産。「これはほんとにおいしい椎茸です」と宮崎さん。「近くでこんなにおいしい椎茸を作っていると知ったのは、3年くらい前です。八王子は農家も多くて、他にも新鮮な野菜が手に入るので、使うようにしています」。地産地消も嬉しい特長のひとつです。

 蕎麦屋の老舗のひとつである「増田屋」全体として、出前は主力でしたが、時代の流れで売り上げに締める割合は少なくなっていました。けれどこちらでは、出前可能エリアを限定しつつ、今も続けています。「初代の頃から出前専門で働いている人がいます。やめたら彼の仕事がなくなってしまう。それもあって、出前はずっと続けてきました」。家族同様の長年のスタッフへの思いにほっとするお話でした。そして今の時代、出前が見直され、増えてもきたとのこと。また、お店を引き継いだときは「こんなに広いのもどうなのか」と少し負担に思っていた席数60を超える店の広さも、こういう時代になってみると、広々しているからお客さんに安心感を与えているとわかり、「何がどう良いことに変わるかわからないものです」としみじみ話されていました。

 和食店で修行していた経験を生かして、お蕎麦屋さんには珍しく、一品料理として鮮魚のメニューなどもあります。「秋ハモ梅しそ天ぷら」「白子焼」「戻りカツオのたたき」。夜はこうした季節のメニューと日本酒でしっぽりやるのも良さそうです。今度はぜひ夜に訪れてみたいと思います。

増田屋
八王子市打越町2014-6 042-635-0881
昼・11:00~14:30 夜・17:00~20:30
定休日・木曜/第3水曜(祝日の場合は営業)