粋を楽しむ。

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「やりたいと思ったら、すぐ行動にうつす」
いいものは残しながら、常に更新を続ける立川の人気蕎麦

[立川]招福そば奈美喜庵
立川市曙町2-18-8
営業時間 [月~金] 11:00~15:00 / 17:00~20:00  [土]11:00~15:00 / 17:00~19:00 定休日:日 祭日不定期休

 昭和14年の開業以来、地元の人たちに愛されてきた「招福そば奈美喜庵」。大学を卒業して会社勤めの後、他店での修行を経て、お店に入られたという3代目の店主、佐藤清人さんにお話をお聞きしました。落語家や日本酒の蔵元、ワイナリーを招いてイベントを開催するなど、新しい試みに意欲的に取り組む、異色のおそば屋さんです。

・開業以来、建物は変わっても、お店はずっとこの場所で。

すぐに行動しないと面白くない。

・広々とした2階の御座敷。宴会やイベントにも使われる。

── お店を継がれたのは何年ほど前ですか?どんなきっかけでお店に入られたんでしょう?

佐藤氏(以下敬称略):30代前半の頃ですね。それまでは会社員だったんですけど、仕事が企画業で、新しくものを作るのが仕事だったんです。その延長で、自分で新しいものを作るのに、自営業は悪くないなと。好きにできるっていうのもあって。

──なるほど。そういえば、こちらのお店では落語家さんを招いてのイベントを開催されてますね。そういう企画は、佐藤さんがはじめられたんですか?

佐藤:はい。

──何かきっかけがあったんでしょうか?

佐藤:きっかけは大したことじゃないんですよ。アルバイトの子が、イケメンの落語家がいると言うので、じゃあちょっと呼んで落語会やるかい?ってだけで。それからすぐ落語家さんのアポ取りました。

──すごい!動きが速いですね!

佐藤:アイデアがあって、すぐ動けるかどうか、いわゆる有言実行で企画をまとめられるかどうかなんですよね。日本酒の会だと蔵元さんも呼んだりします。江戸の昔からつづく伝統のそば、日本酒、落語のコラボというニュアンスですね。

・通常は年4、5回ほどイベントを開催されるそう。チラシも店主の手作り!

──こちらのお店は日本酒の種類もすごく豊富ですよね?これは先代の時からですか?

佐藤:いえ、僕がはじめました。ここ最近の新しいことは全部、僕がはじめたんです。思い立ったらすぐやるので、アイデアが出たらすぐ動きます。

 ──それが信条というかポリシーですか?

佐藤:うーん、ポリシーというか……そうじゃないと面白くないじゃないですか。この店には父がやってきた土台があるわけですから、そこに何かを足していけば、さらに上に上がってくわけです。まあ、その土台自体もよくいじるんですけどね。

辛汁、甘汁、御前返し

・人気メニュー豚生そば。豚の脂がほどよくそばにからみます。

佐藤:うちは昔からの仕事をそのままやってるんで、返しも3つあるんですよ。辛汁、甘汁に御前返し。うちでは上返しと呼んでますが。

 ──「ごぜんがえし」ですか?初めてお聞きしました。

佐藤:それは僕がやったわけじゃなくて、先代の時からやってたんですけどね。歴史的にいうと、御前返しはざるそば用に使ったそうなんですけど、うちは今カツ丼作ったり、天丼のタレ作ったりしてます。焼き鳥のタレみたいにも使いますし。

 ──ちょっと濃いめのお味なんですかね?

佐藤:そう、辛汁とくらべるとお砂糖とみりんが多く入ってるんですよ。あと昔から続けてることとしては、辛汁を「土たんぽ」っていう土の容器で湯煎するとか。

 ──「つちたんぽ」も聞いたことないです!

佐藤:表面は素焼きになってて、中に釉薬(うわぐすり)が塗ってある土の器です。それで辛汁を湯煎します。今はもうやってるところは少ないって聞きますけどね。そういう父の代からのものも残しつつ、僕は僕でだしを変えてみたり、新しいことを足したりしてるんです。

鰹節もそばも生き物

・定番メニューの他、半年ごとに季節の新メニューが登場する。

──ちなみに、だしは何を使ってますか?

佐藤:辛汁は本枯れの一番いいのを使ってます。

 ──最高級ってことですか?

佐藤:そうじゃなくて、その時一番いいものっていう意味です。よく契約栽培のそばを使ってます、とか言うじゃないですか。あれ、実はあんまりよくないんですよね。

 ──え、そうなんですか!?

佐藤:だってそばは生き物ですから。出来がよくない時はよくないんですよ。鰹節も一緒で、産地によっていい時、悪い時があるんです。だからその時、一番いいのを使うのがベストなんですよね。甘汁の方は準本節というのを使ってます。

 ──なるほど。返しが3種類あって、それぞれちがうだしを使って……つゆにかなり手をかけられていらっしゃいますが、おそば自体についてはいかがですか?こちらの二八そばのこだわりは?

佐藤:ないです。

──え!?

佐藤:父の頃からそうなんですけど、もりそば一枚1000円というのはどうなんだろう、と。

──あまり高すぎないようにしたいということですか?

佐藤:そう。だからそば粉はアメリカのオーガニックのものを石臼で挽いて、安くお出しできるようにしてます。

──アメリカのオーガニックというのも珍しいですね。

佐藤:いろいろあるんですけど、そのまま値段に反映されちゃうんで、なるべく安い価格のままいいものを、と検討してそうなりました。

──これは先代の時からですか?

佐藤:いえ、僕が変えました。そば粉も生き物ですから、いい時悪い時があって、よくない時は北海道産にしたります。

──石臼挽きとのことですが、これはお店で挽いていらっしゃるんでしょうか?

 佐藤:そうです。

──割合は二八ですか?

佐藤:はい。それとは別に、うちは通年で生蕎麦、十割もあります。それは値段が高いんだけど、好きな人が食べてくれればいいかなと。十割の場合は国産のそば粉を使っていて、たとえば今だと会津の夏新そばですね。これは娘が作ってるんですよ。18でお店に入って、一年くらいで打ってます。

──たった一年で生そばを!?すごいですね!

年に2回新しいメニューを 

・そばつゆと赤なす(トマト)のソースは、まさにうま味の塊!

──季節によって、めずらしいメニューも出されてますよね?今だとこの赤なす(トマト)だとか。

佐藤:季節のメニューは夏と冬で4つずつ、半年ごとに更新してるんですよ。今までのを全部数えると、もう100くらいになるかもしれません。「豚生せいろ」なんかは、もともと季節メニューだったけど評判がよかったので定番にしました。

──メニューはどうやって考えてるんですか?

佐藤:考えるってことはないですね、インスピレーションだけなんで。たとえばこのトマトのおそばは、トマトの冷製パスタをイメージしたのかと思われがちですけど、発想はそこじゃないんですよね。トマトのグルタミン酸と鰹節のイノシン酸をうまく合わせて、おいしいものができないかなと思って作ったんです。

──うま味成分からの発想なんですね。

佐藤:グルタミン酸はお醤油や昆布の成分なんですけど、実はトマトもそうなんですよね。ということはこのグルタミン酸とイノシン酸の組み合わせはうまくいくかなと。

──なるほど。

佐藤:以前の季節メニューには「納豆ヨーグルトわさび漬け」というのがありましたが、これも発酵食品を合わせてみたらどうだろうと思って作ったものです。

──すごい組み合わせですね!

佐藤:納豆、ヨーグルト、わさび漬けに、おつゆが入りますよね。そうなると鰹節も発酵食品だから、その組み合わせってハズレないんですよ。今はそれをアレンジした「納豆、わさび漬け、ブルーチーズの和え物」をそば前として出してます。

・意外な組み合わせですが、想像以上にお酒が進みます。

──メニュー開発にイベント開催と、いろいろ新しいことをされてますが、これからやっていきたいことはありますか?

佐藤:いや、別にないです。ずっとこうして、やりたいなと思ったことはすぐ実行して、ずっと走り続けてるんで。たえず動いてますから。ちなみに今、いちばん新しいこととしては、架空のおそばやさんを舞台にした4コマ漫画を作ってます。自粛期間中になんか面白いことができないかと思って考えたものなんですが、SNSで配信する予定です。 

──漫画とはまた意外でした!本当にいつも走り続けてらっしゃるんですね!

・アイデアが浮かんだら、すぐ企画書を作って自ら交渉に行くという行動派の佐藤さん。