粋を楽しむ。
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「“浅草そば”というブランドを作っていきたい 」
飽くなき向上心で追いつづける、今の時代においしいそば
[浅草]甲州屋
東京都台東区浅草2-15-2
営業時間11:00~21:30 定休日:火
浅草寺のほど近く、ひさご通り。観光客も多く訪れるこの地で46年、海外のお客さんにも日本の文化を伝えるつもりでやってきた、という「甲州屋」。自分の店だけでなく浅草の街全体のそばを盛り上げたいと語る店主、小島秀介さんにお話をお聞きしました。
・昔ながらの商店街で際立つ、モダンな店構え
そばがつながるギリギリを攻める
・人気メニュー天ぷらそば。そば本来の味が楽しめる。
── こちらのお店のおそばは、正確に2:8の割合ですか?
小島氏(以下敬称略):いや、もっと詰めております。やはりそば粉が多い方がそばの風味を感じられるので。できれば生粉(きこ)で打ちたいんです。
── 「生粉」というのは?
小島氏:つなぎを入れない、いわゆる十割そばですね。でも生粉だと、新そばでないとボソボソになっちゃうんです。そこで最低限3~4%のつなぎを入れて、ギリギリつながるところを攻めています。
── すごいですね!ということは、新そばが出る時期は生粉で出されてるんですか?
小島氏:そうです。新そばの時期は2~3ヶ月くらいですね。それ以上たつとだんだんつながらなくなってくるんで。
── 新そばと、そうでないおそばはどうちがうんですか?
小島氏:水分値だとか、粉の状態がだんだん劣化していきます。目に見えるちがいとしては、新そばの場合は緑がかってるんです。それがだんだん日に焼けて褐色になってくるんですよね。
── 新そばってやっぱり貴重なんですね!
そば粉の鮮度を保存する技術
・揚げ玉付きもり。シンプルながら、玉子とおつゆがそばにからんで絶品。
小島氏:最近は新そばの状態をなるべく保てるよう、技術も進化してます。大きな冷凍庫もありますし、収穫したそば粉をそのまま冷蔵庫に積んでいるところもあります。他にも冷蔵庫がわりに雪を入れて湿度が落ちないようにして保存する「氷室そば」なんてのもありますし、そば粉屋さんもいろいろ工夫されています。
── いろいろあるんですね!
小島氏:製粉方法でも大きくちがってくるんですよ。大量生産に向くのは、大きなロールを回してそば殻を割り、砕いていくロール挽きというものです。4種類くらいを挽き分けて、いろんな組み合わせのそば粉を作ることができます。
── ウイスキーのような感じですか?
小島氏:そうです、いわゆるブレンドですね。それぞれのお店の希望や特長に合わせて、ぴったりのそば粉を調合することもできます。
そばの味わいが強く出るのは、そばの実の内側、芯の部分なんですが、これは少ししか取れないので、お値段が高くなります。一方で、そばの香りは実の外側の部分、殻をむいた甘皮の部分にあるんです。たとえば駅そばなんかは、ホームで待っている間も、すごくそばの匂いがするでしょう?そばの香りを強く出したい時には、原価の安い、外側のそば粉を使うわけですね。
── 駅そばに、そんな秘密があったとは!
小島氏:ロール挽きとは別に、石臼製粉というのもあります。そばを丸ごと石臼で挽く方法です。外の甘皮から芯の部分まで、全部が入ったそば粉になります。石臼製粉のそば粉で作れば、二八でも十分につながるんですよ。
── 挽き方でも変わるんですね。こちらのおそばは石臼挽きですか?
小島氏:そうですね、うちはそばの風味も香りも感じていただきたいので、石臼挽きで、二八以上に割合を詰めています。ただ、そば粉の割合が多いほど、のびやすくなってしまうので、出前をされてるお店にはあまり向かないですね。その店が何をめざすか、どういうお客さんが多いのかで、作り方は変わってきます。
── 方向性によって全然違うんですね。
そば通のそばの食べ方
・そばの実の香ばしさが印象的な焼き味噌。
── こちらのお店は、どういうお客さんが多いですか?
小島氏:やはり場所柄、観光客の方も多いですね。ただこういう場所でも、そば好きの方に満足していただける、そば通向けのそばを打ってるつもりです。
── この人はそば通だなあって、わかるポイントはありますか?
小島氏:おそばをつまんで、おつゆにグルグルつけて、ずるずる食べちゃう方が多いんですが、本当はそれだとちょっともったいないんです。
まず、そばは水に晒してから出しますので、どうしてもお水に浸かった状態なんですね。そば通の方は、お酒を一合ほど召し上がりながら、その水が切れるのを待つんです。水が切れたら、杯に残ったお酒をパッパッとおそばに振りかけて。
── お酒をかけるんですか!?
小島氏:そう、生粉に近いそばだとベタベタくっついたりしないんでね。そばをそのままひと口ふた口含んで、まずそばの風味を感じて、それからおつゆをちょっと口に流す。そうすると、そばとおつゆ、おいしさが二度味わえるんです。
── 最初は何も付けないで食べるんですか!全然知らなかったです。おつゆにグルグルつけてました……。
小島氏:生粉でお出しして、そういう食べ方をしていただくのが一番理想なんですよ。
── ありがとうございます、今度からやってみます!
・観光客はもちろん、そば通の常連さんも多いとのこと。
── おつゆのこだわりも教えていただけますか?
小島氏:だしについてですが、1日目は鰹だしをとって、冷まします。それを次の日にゆっくり湯煎にかけて詰め、冷まして3日目に使います。最初とくらべると1/3くらいの量になりますかね。
── 湯煎するのはなぜですか?
小島氏:味がまろやかになるんですよ。同時にうま味が詰まっていく。鰹節をたくさん入れても、ある量を超えると飽和状態になってしまって、無駄になるだけなんですね。だから最初のだしを湯煎で詰めて、味を濃厚にするというわけです。
── それにしても3日がかりとは。すごく手間がかかりますね!
時代を追いかけて味をアップデートしていく
・壁に貼られたメニューは、絵も含めて店主自ら描かれたものだそう。
── おそば屋さんには「のれんを守る」ために長年の味を変えないところもあるし、逆に積極的に変えるお店もありますね?
小島氏:一流店は、代々のれんを守ってきているので、先代のやり方を変えることに、非常に恐怖感を感じるわけですよね。100年も同じ味で作ってるから、うちは自信があるんだっていうところもあるけれど、100年も経つと、たとえば調理技術でもかなりの技術革新が起きているわけです。
── 先ほどの、そば粉の保存技術ひとつとってもそうですね。
小島氏:そうすると、守ることだけがいいことなのかと。人の味覚も価値観も、時代とともに変わってきますよね。うまさに対する敏感度がどんどん上がってきているわけです。お店の名声を汚さないように、それを追っかけて日々努力しているお店と、200年くらい旧態依然のまま、うちはとにかく先代の味を守ってますってお店では、いつか大きな差ができてしまう。
当代の人間は、現代の味をしっかり勉強して、常にその味に敏感でいないと、いつしか時代に取り残されてしまうと思います。
── ではこちらのお店のおそばも、昔とくらべるとかなりアップデートされてますか?
小島氏:そうですね。私が初めてお店を出した頃は、お昼の出前が売上の8割を占めるほどだったんです。それが昨今はコンビニなんかができて、出前が出なくなった。
その頃のそばを今もそのまま打ってたら、この時代はやっぱり生きていけません。今はもうできる限りのことを尽くすと。時代を追っかけ追っかけ、我々も育てていただいていると思うんですよね。
── そういう研究というか勉強は、組合の支部でされてるんですか?
小島氏:そうですね、たかだか14、5人のグループですが、そば粉を取り寄せて見分けをするとか、柚子切りのような色物そばを勉強するとか、毎回テーマを決めて、一年に6回か7回ほどやってます。
組合を通じてみんな情報が欲しいんですよね。いつまでも、自分のところだけの技術だけではやっていけない、ということで。
── みなさん、すごく熱心でいらっしゃいますね。
小島氏:地域ごとに組合のやり方も考え方も違うと思いますが、我々のところはもう、浅草に来たら、どこのお店に入ってもそばがおいしいと。たとえば深大寺そばのように「浅草そば」というブランドを確立していきたいんです。そのために積極的に勉強会をやっています。
── 自分のお店というより、地域全体、浅草そばというものを盛り上げていきたいと?
小島氏:そうです!その上で、さらに個人個人がそれぞれのお店でまた努力して、よそのお店にないものを開発していけたらいいなと思っています。
── すばらしいですね!こちらの組合のつながりの濃さというのは、やはり浅草という土地柄ならではかもしれませんね。
・柔らかな物腰で、とてもていねいに答えてくださる小島さん