粋を楽しむ。

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東京二八そば探訪【其の二】
地元に愛され家族の絆で営む店。 初代への思いを込めた一品を堪能。

萬蔵そば尾張屋
K.June

 町田駅北口を出て、北西へ徒歩10分。今では懐かしい食品サンプルが飾られた店頭から、いかにも「地元の人に愛されるお蕎麦屋さん」の親しみやすさが感じられます。

 風にそよぐ白いのれんをくぐって店内に入ると、落ち着いた色調の内装に、ゆったりしたテーブル配置で、とても落ち着いた雰囲気です。ランチタイムを過ぎた時間でしたが、ご近所の仲良し同士でしょうか、女性グループが、楽しそうに笑いながらお蕎麦を食べる姿がありました。

 「萬蔵そば尾張屋」の「萬蔵」は、こちらの店主、志村雅夫さんのお父さんである、尾張屋初代、志村萬蔵さんのこと。雅夫さんは二代目で、三代目にあたる雅夫さんの双子の息子さんふたりもここで働いています。店のあちこちにさりげなく飾られた季節の花は、気さくな笑顔の女将さんの仕事とのこと。温かな家族経営のお店です。

 おすすめされた「萬蔵そば」を注文。冷たいのと温かいのがありますが、冷たいのを選びました。
 ほどなく運ばれてきたのは、三段重ねのせいろがおかもちに乗っているような洒落た姿。下二段に二八そば、一番上に揚げ物。

 二八そばは、ほんのりと蕎麦の甘みを感じる味わいで、少し甘めのつゆとよく合います。揚げ物は、大葉で鶏ささみを巻いたものと、野菜のかき揚げ? と思いながら一口食べて、びっくり。真ん中にお餅が入っていました。ふわっと伸びる柔らかなお餅と、まわりの人参や椎茸の食感の違いが楽しく、食べ応えあるかき揚げです。「お餅は揚げるとおいしいでしょう?」と微笑む雅夫さん。「お餅入りのかき揚げって、ちょっと珍しいですね?」と、お聞きしたところから、初代、萬蔵さんのお話になりました。

 初代の志村萬蔵さんは、小学校を卒業してすぐ神田の蕎麦屋で丁稚として働きだし、戦争がはじまって栃木県に疎開。戦後、東京に戻り、人力車を引くなど苦労して資金を貯めた上で、中野坂上に蕎麦屋「尾張屋」を開業しました。

 疎開先でつながりのできた栃木の若い人を店にたくさん受け入れて共に働き、次男である雅夫さんの記憶にあるのは、家族を含めて総勢20人以上が働く活気ある店だそうです。「出前用の自転車も5、6台はあって。朝7時からやってました。電話がない時代は、ご用聞きで近くの会社や学校に注文を取りに行って、蕎麦打ちの人、釜前(蕎麦を茹でる)の人、お運びをする女の人も5、6人。みんな住み込みでしたから、自分は4人兄弟ですけど、みんなが兄弟みたいでした。うちから独立して蕎麦屋をやって、今もつきあいのある人もいます。そういう昔ながらの蕎麦屋に生まれて良かったなと思っています」。昭和の高度成長期、みんなががむしゃらに働いていた時代の蕎麦屋さんの姿を鮮やかに想像させていただいて、なんだか胸が一杯になりました。

 当時、栃木から来て店で働いていた人たちの実家から、たくさんお餅が送られてきていたそうです。中野坂上の店を継いだ長男のお兄さんと、暖簾分けして町田で開店することになった雅夫さんが、「何か新しい蕎麦を」と相談したときに、ふたりにとっても懐かしい、お餅を使ったお蕎麦を考えて、お父さんの名前をつけた。それが「萬蔵そば」です。

 実は雅夫さんは、最初からお蕎麦屋さんをやるつもりだったわけではなく、3年ほど都内の有名店でフランス料理の修行をしていたそう。「だからでしょうか、前菜からメイン、デザートまでのコース料理を考えることが好きです。他の蕎麦屋ではやってないようなことをやるのも楽しくて。宴会用のコース料理を季節ごとに変えて、お客さんに、前に来たときとは違うのがあって面白い、なんて言われると嬉しい」

 「二八そば」へのこだわりをお聞きすると、「こだわりってそんなにないけど、二八はやっぱりおいしいし、なによりお客さんが喜んでくれるから、それが一番ですね」。今、蕎麦を打つのは三代目の息子さん。蕎麦のほか、うどんも打っていて、実はこちらも根強い人気があります。つゆも息子さんが担当しています。着実に、蕎麦屋の伝統と共に家族の伝統を繋いでいるお店です。

萬蔵そば尾張屋
町田市旭町1-1-16 042-726-0241
11時~21時
定休日・木