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東京二八そば探訪【其の九】
蕎麦好き店主のこだわりの店で もちもちの二八蕎麦を味わう

[青梅]蕎麦 榎戸
K.J

 JR青梅線青梅駅を出て、宮ノ平駅方向に青梅街道を15分ほど歩くと、東京二八そばのシンボルである赤いのぼり旗が見えてきます。古民家ふうの店に一歩入ると、天井が高く、黒い木の梁と白い壁のコントラストがすっきりとしていい雰囲気。梁に渡して張られたレトロな電気の配線に目がとまりました。「碍子(ガイシ)引き配線」という、昭和の半ば頃までよく使われていた電気の配線で、現在ではあまり見かけないもの。白い陶製の碍子(絶縁体)が温かみとノスタルジーを演出しています。「この建物は昔、織物工場だったらしいんですけど、最初に見たときは本当にボロボロでした。碍子引き配線はここにあったもので、生かしたら面白いと思って、ひとつひとつ自分で拭いてきれいにしました」と、店主の榎戸明さん。古くから織物の町として発展してきた青梅の歴史も感じさせてくれる店づくりが素敵です。

 織物工場だった昔の建物の良いところを残し、新しく加えた調度品もその雰囲気に合わせています。磨りガラスのはまった木枠の窓はもともとあったもの。分厚い木のテーブル、蕎麦猪口を並べた飾り棚は「せいろ」で作られていて、能の「謡本(うたいぼん)」を貼った照明器具など、センスある新旧の調和に魅かれるお客様も多いはずです。

 榎戸さんは、元公務員。仕事で市民講座を担当したときに「蕎麦打ち」と出会い、虜になったと言います。もともと蕎麦好きでしたが、蕎麦打ちの修練を重ねて、「自分が打つ蕎麦が一番おいしい」という確信を得た上で、53才で退職し、開店。「もちろん、まわりの人はみんな反対しました。家族も友達も、みんな反対」と笑う榎戸さん。「定年退職してからやればいいじゃないか」という声には、「それでは遊びになっちゃう。趣味じゃなくて真剣にやりたかった」。その熱意にいつしか周囲も納得し、こだわりの内装は友達が全面的に協力してくれ、家族も今では良き理解者。厨房では女将さんが天ぷらを揚げています。榎戸さんの情熱と人徳が作り上げたお店なのです。

 女将さんが揚げる天ぷらが人気とお聞きして、「天せいろ」を注文しました。もちろんお蕎麦は二八。国内産の蕎麦の実を石臼で毎日挽いているとのこと。蕎麦粉と小麦粉の水分量を同じにするために、粉を合わせて一晩置く『粉合わせ』を必ず行います。木鉢で粉に水を回し混ぜる『水回し』の作業は、味の8割を決めると言われ、もっとも神経を使うところ。難しい十割蕎麦を打つことで、二八蕎麦の水回しの技術もキープされると考えて、メニューには十割蕎麦もあります。

 天せいろのお蕎麦をひとすすり。弾力があってもちもちした食感に驚きます。少し太めで食べごたえがあるのも嬉しい。「噛んでもらいたいですから。蕎麦のうまさ、つゆのうまさ、薬味のうまさ、三位一体を、噛んで味わってほしい」。こだわりはありますが、食べ方の押しつけはしません。「結局、お客さんが食べたいようにおいしく食べるのが一番ですよ」「10人が10人おいしいと言うのは不可能かもしれないけど、それを目指したいという気持ちでやってます」。

 天ぷらは、エビ、キス、カボチャ、舞茸、明日葉。抹茶塩をちょいとつけて食べます。緑のものは、通常は地元産の「つる菜」を使っていますが、冬場はとれないので、いろいろな緑のものを使うそうです。今回の明日葉も、サクサクしてとてもおいしかったです。

 開店して2年目くらいの、少し軌道に乗ってきたタイミングで、テレビに取り上げられたことも良い転機になったと言います。「一日100人以上お客さんが来て、お蕎麦もなくなってしまうことが続きました。席数を増やしてお蕎麦をたくさん打てば儲かると言われたけど、そこで自分の限界を知れたことが良かった。自分が打てる蕎麦は限られています。それを超えて乱暴な仕事になってはいけないと思いました」。

 開店して17年。今日も、家族連れ、若い女性おひとりさま、中高年男性など、老若男女のお客様が絶え間なく訪れ、お蕎麦が無くなったら閉店。「自分は素人だという気持ちを忘れず、プロの意見を素直に聞いてやってきたのが良かったと思っています。あと、自分自身が客だった期間が長いから、お客目線で店を見ることができるのも良かったのかな」。今でも、お休みの日になると、評判が良いと聞いた蕎麦屋に食べに行くそうです。蕎麦好きによる蕎麦好きのための気持ちよいお店です。

蕎麦 榎戸
青梅市裏宿町629 0428-21-0822
11:30~14:30(売り切れ次第終了)
定休日・水曜日/金曜日(祝日は営業)